ギリシア神話に登場する「義憤」の女神「ネメシス」は、人間が神に働く無礼に対する、神の憤りと罰が擬人化されたものである。崇拝されていた地域によっては二重の性格があったとされている。
「復讐をなだめ恩恵をほどこす側面と、呵責のない復讐者」
そのため、有翼の女神は二重性を表す名称として、また「復讐者」の一面だけが強調され、不気味なものを表す名称として用いられることが多かった。
ここにも「ネメシス」の名を付けられた物体が、発見されるときを待っている。
大量絶滅の謎
約6,550万年前、突如として地球上から消えた恐竜たち。
有力な説としては、メキシコのユカタン半島付近に直径10数kmの隕石が落下、そのときに巻き上げられた塵埃が太陽光を遮ったため、地球が寒冷化したのが原因とされている。
しかし、地球の45億年という歴史の中では「大量絶滅」は珍しいことではない。恐竜以前の原始的な生物も大量絶滅した時期があった。しかし、問題はその「周期」である。
1984年、シカゴ大学の古生物学者のデビッド・ラウプとジャック・セプコスキーは、過去2億5000万年の周期的な大量絶滅を時系列分析によって説明付けたとする論文を発表した。それが約2600万年ごとという周期である。
地球では、生物絶滅が驚くほど定期的に繰り返されていたのだ。彼らは原子生物の絶滅の激しさに着目し、過去に12度の大量絶滅があったとの結論に至った。
オールトの雲
※左上の図が木星までの軌道。右上の図が冥王星までの軌道。右下の図の赤い線が小惑星であるセドナの軌道。左下の図がオールトの雲。
この発表を受けた天文学者たちは、この論文と「この周期性には地球外の何らかが起因しているのではないか」というラウプとセプコスキーの主張をもとに、謎の解明に取り組み始めた。
その中で、ある二つの研究グループがそれぞれ独自に、しかし、同じタイミングで「大量絶滅の周期性に関するラウプとセプコスキーの説を説明する似たような仮説」を学術誌ネイチャーに投稿した。この仮説では、太陽には未発見の伴星(双子星)があり、この星が周期的に「オールトの雲」を乱して莫大な数の彗星を発生させ、地球への衝突に影響を及ぼしたのだという。
1980年代には恐竜絶滅の原因として隕石説がすでに唱えられていたことから、まるで狙撃手が放ったかのように内太陽系に向かって彗星を撃ち込んでくるというのは可能性のある話だと思われた。
オールトの雲とは、太陽系を球形に包み込むように存在する仮想的な天体群である。主成分は水・一酸化炭素・二酸化炭素・メタンなどの氷と考えられており、「彗星の故郷」とも呼ばれている。直接観測されたわけではないので仮説の域を出ないが、オールトの雲は、最大で太陽から1.58光年の間に球殻状に広がっているとされる。
ネメシス
※ギリシア神話のネメシス
この彗星の故郷を乱す星として考えられたのが「ネメシス」だ。
仮説上の星のため、正式な名称ではない。しかし、ギリシア神話におけるネメシスは「人間の傲慢や無礼に対する神罰を神格化した存在」であったためにそう名付けられた。
ネメシスは太陽から1?2光年離れたところにある暗い褐色矮星または赤色矮星と考えられている。褐色矮星は恒星になれなかった天体、赤色矮星は小さな恒星のことで、どちらも宇宙では珍しくはない。ただし、ネメシスが太陽の双子星であるという点を除けばの話だ。
恒星に伴星が伴う現象については以前から知られていた。つまり、多くの恒星は双子として生まれてくるという考えだった。伴星とは2つの恒星が両者の重心の周りを軌道運動している天体であり、双子星(ふたごぼし)とも呼ばれる。
太陽にもそのような双子の星が存在するというわけだ。
驚くべき研究結果
もちろん、ネメシスは存在が確認されていないために否定派もいるが、同時に否定する根拠もない。それどころか、近年の研究により驚くべき研究結果が公表された。
ハーバード大学とカリフォルニア大学バークレー校の研究チームが発表した解析結果によると「ほぼすべての恒星は双子を伴って誕生する」というのだ。
研究チームが調査したのは、ペルセウス座にある誕生したばかりの恒星である。数十年前、この恒星は高密度コアと呼ばれる「恒星の原材料が集まる場所」で生まれたという仮説が提唱された。いわば若い星の苗床だ。ペルセウス座の恒星が誕生したのもこうした星の苗床の1つで、地球から600光年離れた宇宙に50光年にわたり広がっている。
多くの星々が伴星を伴って生まれるという仮説は以前からあったのだが、問題はそれがどのくらいの多さなのかということだった。しかし、この研究により、ほとんどすべての恒星に双子がおり、また若い星ほど連星である可能性が高いという観測的事実も判明した。
ネメシスも、かつては太陽と同じ地点を軌道していたが、やがて太陽系の彼方へ消え去ったと考えられている。すべての恒星に双子がいるのならば、ネメシスは今もどこかで宇宙を漂っているはずである。
最後に
最後の大量絶滅は約500万年前に起きたことから、ネメシスは現在太陽から1~1.5光年離れた位置にあり、うみへび座の方向に見えると推定されている。今回の研究は双子星が形成される仕組みや、それが初期の星の成長に果たす役割の理解へ向けた一歩だといい、今後ネメシスが発見される可能性も高い。
今後は別の雲でも検証する必要があるとのことなので、期待して続報を待とう。
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