神話、伝説

『巳年』ヘビにまつわる神話・妖怪伝承 「七歩蛇、馬絆蛇、ホヤウカムイ」

2025年は巳年である。「巳」とは、言うまでもなくヘビを指す。

ヘビは四肢を持たない独特の姿や、脱皮を繰り返す生態から神秘的な存在とされ、世界各地で神や悪魔として語り継がれてきた。

本稿では、各地に伝わるヘビにまつわる妖怪について解説する。

1. アンゴント

画像 : アンゴント 草の実堂作成

アンゴント(Angont)は、カナダの先住民族・ヒューロン族に伝わるヘビである。

17世紀頃のイエズス会の宣教の記録「The Jesuit Relations」などにて、その存在が言及されている。

全ての災いを司るヘビであり、全身に致命的な猛毒を有しているという。
この毒は生き物を殺すのみならず、疫病や災害など、あらゆる不幸を引き起こす力を持つとされる。

シャーマン(呪術師)はこのヘビの肉片を用い、秘密裏に人間を殺すことがあったそうだ。

ただし、少し触れるだけでも毒が骨まで浸透し死に至るので、取り扱いには細心の注意を払ったという。

2. 七歩蛇

画像 : 浅井了意『伽婢子』巻之十一、「七歩蛇の妖」 public domain

七歩蛇(しちほだ)とは、江戸時代の京都に現れたとされるヘビである。

作家・浅井了意(?~1691年)の著作「伽婢子」には、次のようなエピソードが記されている。

(意訳・要約)

浦井という人物が、京都の荒れ地に一軒家を建てたところ、大量のヘビが現れるようになった。
日に日に数を増すヘビを不思議に思い、浦井は地鎮祭を行ってみることにした。

すると翌朝には、庭の草木が全て枯れており、置いてあった大きな石が粉々に砕けていたという。
その石の破片を取り除いてみると、突如奇妙なヘビが飛び出してきたので、使用人たちがこれを追い詰め殺した。

ヘビの体色は赤く、鱗の間は金色に輝いていた。
また、その顔は龍にそっくりであったが、体長は四寸(約12cm)と小さく、トカゲのごとく手足が生えていた。
あまりの異形っぷりに家の人々は困惑していたが、そこに僧侶が現れ、こう言ったという。

「これは七歩蛇というヘビじゃ。これに噛まれたら七歩も歩かぬうちに死ぬ。仏典にもその名が見える、由緒正しき妖怪である」

以後、ヘビが現れることはなくなった。

3. 馬絆蛇

画像 : 馬絆蛇 草の実堂作成

馬絆蛇(ばはんだ)は、元代の中国に伝わる怪物である。

四川省や雲南省の河川に、この怪物は生息していたとされる。

その姿はヘビの体に、ネコもしくはネズミの顔を持つという、極めて異質なものだ。
さらに頭には、星の形をした奇妙な白い斑点が浮き出ているという。

全身から血生臭い悪臭を放っており、馬絆蛇が棲む川は尽く汚染され、風すらも臭くなるという。
また、「小屋が転がるように」移動し、目につく生き物は全て食い殺す、貪欲さと凶暴さを持っていたとされる。

人間や家畜も片っ端からたいらげてしまうので、人々はこの怪物を大変恐れていたそうだ。

4. ラドン

画像 : ラドン 草の実堂作成

ラドン(Ladon)は、ギリシャ神話に登場するドラゴンである。

その姿は100の頭を持つヘビとも、口と尻尾しかない異形ともされるが、普通のヘビとして描かれることもある。

嵐の神「テュポーン」と蛇の女神「エキドナ」の子供とされ、「ヘスペリデスの園」という果樹園に実る「黄金の林檎」を、不眠不休で守っていたという。

だが黄金の林檎を奪いにきた英雄「ヘラクレス」によって、哀れにもラドンは惨殺されてしまう。

その死体は神々の計らいによって「りゅう座」となり、今もなお天空を飛び続けているのだという。

5. サ・タ

画像 : サ・タ 草の実堂作成

サ・タ(Sa-ta)は、古代エジプトに伝わる神である。

その姿はなんと、ヘビの体から人間の足がニョキニョキと生えているという、インパクト抜群の出で立ちをしている。
(古代エジプトにおいて「足の生えたヘビ」は、神や悪霊を表す概念である)

古代エジプトの『死者の書』には、「私は毎日死んで、そして生まれ変わる存在だ」という、サ・タの台詞が書き記されている。

ヘビは脱皮を繰り返して成長することから、世界各地で「不死」や「永遠」の象徴として語り継がれてきた。
この神も例に漏れず、「不変」や「輪廻転生」を象徴する存在として、信仰されていたものと考えられる。

またその名から、聖書に登場するヘビ――すなわち「サタン」との関連性を指摘されることもあるが、こじつけとされている。

6. ホヤウカムイ

画像 : ホヤウカムイ(サキソマエップ)草の実堂作成

ホヤウカムイ、またはサキソマエップは、北海道のアイヌ民族に伝わる魔神である。

日高地方(北海道南部)の伝承によると、その姿は翼の生えたヘビであり、胴体は太いが頭と尾は細いという。
また、鼻先が彫刻用のノミのごとく鋭く尖っており、これを用いて木を切り倒すとされる。

全身から想像を絶する悪臭を放っており、その臭さは草木を枯らし、生き物の皮膚を焼け爛れさせ、死に至らしめるほどだとされる。
被害を避けるためにアイヌの人々は、ホヤウカムイの生息地には、決して近づかないよう徹底していたという。

その悪臭は他のカムイ(神)すら嫌がるほどであり、虻田(北海道南西部)に伝わる伝承によると、ある時、天然痘を司る「パヨカカムイ」が町に現れたので、人々はホヤウカムイに祈りを捧げた。

すると、ホヤウカムイは悪臭を直接パヨカカムイに浴びせ掛け、追い払ってくれたという。

このことから、ホヤウカムイは「災厄と防災」両方の性質を併せ持つ神だと考えられている。

参考 : 『妖魅百物語』『神魔精妖名辞典』他
文 / 草の実堂編集部

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. なぜクリスマスツリーを飾るのか?【実は北欧神話に起源があった?】…
  2. 【全員裸だった】古代オリンピック 〜近代オリンピックとかけ離れた…
  3. 『ラストエンペラー溥儀』なぜ異例の火葬に?清朝最後の皇帝の終焉と…
  4. 「関白制度」はいつ誕生した? きっかけとなった『阿衡事件』とは
  5. ナポレオンやヒトラーを破滅に追いやった『冬将軍』の恐ろしさとは
  6. 【正気か狂気か】 コロセウムで剣闘士となったローマ皇帝 コンモド…
  7. 【日本最古の仏像】 飛鳥大仏はなぜ国宝になれないのか?
  8. 暗殺された崇峻天皇の墓はどこにある?「赤坂天王山古墳」の謎

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

新宿中村屋のインドカリー はなぜ有名になったのか?

新宿中村屋といえばカレーが有名です。しかも、インドカリー。カレーじゃなくてカリーなんです。新宿中…

戦国から江戸の町家500棟が残る!奈良・橿原「今井町」を歩く ~なぜ知名度が低い?

奈良県橿原市の今井町(いまいちょう)は、戦国時代に称念寺を中心とした寺内町として発展し、江戸時代には…

宇喜多秀家 ~戦国の貴公子と呼ばれたが流刑にされた大名

宇喜多秀家とは宇喜多秀家(うきたひでいえ)は27歳の若さで豊臣五大老になった武将である。…

「爆弾を落とすな」トランプがイスラエルのネタニヤフ首相に警告、蜜月崩壊の可能性

2025年6月、国際社会の注目を集める一報が飛び込んできた。アメリカのドナルド・トランプ大統…

SF映画からの警告について調査してみた 「メトロポリス、ウエストワールド、アベンジャーズ 他」

SF映画の多くは、近未来が舞台となっている。映画製作に当たる者達は未だ見ぬ未来を想像して、映像として…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP