神話、伝説

運命は女神の気まぐれ? 古代神話に登場する「運命を操る者たち」

画像 : タロットカードの運命の輪 public domain

「運命とは、自らの力で切り拓くものである」

と言えば聞こえはいいが、実際に自身の運命をコントロールするには尋常ならざる「努力」「才能」「運」が必要であり、我々のような凡人は、流れに身を任せて生きていくのが精いっぱいである。

だからこそ人々は、少しでも運命が好転するようにと、神仏に祈りを捧げる。
中でも「運命の女神」と称される存在は、美しさと神秘、そして強大な力を併せ持つ特別な神として、多くの信仰を集めてきた。

今回は、古代から人々の畏敬を集めてきた「運命の女神」たちについて、詳しく見ていこう。

1. フォルトゥナ

画像 : フォルトゥーナ(Fortuna) public domain

フォルトゥナ(Fortuna)は、古代ローマにおける運命の女神である。

手に船の舵(かじ)を持ち、球に乗ったり、目隠しをされた姿などで表される。
舵は運命のコントロールを、球は不安定な人生を、目隠しは行き先の不透明さを、それぞれ意味するとのことだ。

また、「※幸運の女神には前髪しかない」という諺の「女神」は、このフォルトゥナを指すといわれることがある。
(※訪れた神の髪を素早く掴むことで幸運をモノにできるが、過ぎ去った後に掴もうとしても、後髪がないため摘めないという意味の諺)
それゆえフォルトゥナは、前髪がフサフサ、後ろはツルツルの姿で描かれることも、しばしばあった。

元々この諺は、カイロス(Kairos)という、チャンスを司る男神に由来するものであった。

画像 : カイロス フランチェスコ・サルヴィアーティ作 public domain

カイロスは頭に前髪しか存在せず、残りはすべてハゲという、思い切ったヘアースタイルの神である。

しかし長い歴史の中で、いつの間にか似た属性であるフォルトゥナと混同され、哀れにも女神は後ろ髪を失うハメになってしまったようだ。

2. ノルン

画像 : ウルズ(左)ヴェルザンディ(真ん中)スクルド(右) public domain

ノルン(Norn)は、ゲルマン民族に伝わる神話、いわゆる北欧神話に登場する運命の女神である。

ノルンとはいわば役職のようなものであり、巨人・エルフ・ドワーフなど、様々な種族にノルンは存在するという。
善なるノルンは人々の運命を良きものにするが、悪しきノルンは不幸と災厄をばら撒き、世を混沌に導くとされる。

代表的なノルンとして、ウルズ(Urd)、ヴェルダンディ(Verdandi)、スクルド(Skuld)の3名が挙げられる。
かの有名漫画『ああっ女神さまっ』の、登場人物のモデルになった存在と聞けば、ピンと来る人も多いだろう。

ウルズは過去を、ヴェルダンディは現在を、スクルドは未来を、それぞれ司っていると解釈されている。
全ての時間・時空は、この3人の手中にあるといっても過言ではなく、彼女たちはその強大な神通力を用いて、数々の大いなる予言を行ったという。

予言はたとえ神であっても覆すことはできず、いかに残酷な未来を告げられようと、甘んじて受け入れざるを得なかったとされる。

彼女たちの登場がターニングポイントとなり、神々の住まう世界は終焉、すなわちラグナロク(神々の黄昏)へと突入していったとされる。

そして実際にラグナロクは起こり、世界は滅亡したと伝えられている。

3. モイライ

画像 : モイライ ジョン・メルフイシュ・ストラドウィック作 public domain

モイライ(Moirai)は、ギリシャ神話に登場する、3人1組の女神たちである。

クロートー(Clotho)、ラケシス(Lachesis)、アトロポス(Atropos)の3名で構成されており、クロートーは糸を紡ぎ、ラケシスは糸の長さを測り、アトロポスは糸を切り離すという役割を、それぞれ担っているという。

糸とはすなわち運命のことであり、彼女たちは人間の運命を自在にコントロールする恐るべき神として、畏敬の念を以って崇められていた。

意外なことに彼女たちはフィジカルが極めて高く、かつて巻き起こった神々と巨人との大戦争「ギガントマキアー」にて、敵である巨人を2名ほど撲殺するという戦果を挙げている。

運命を操る神通力と強靭な肉体を併せ持つ、まさに文武両道の神といえるだろう。

モイライの決定は、ギリシャ神話の主神であるゼウスですら取り消すことができない、強力なものであったという。
ただし、規格外の強さを誇る者であれば、モイライの取り決めをある程度、捻じ曲げることが可能なようである。

ある時「アルケスティス」という女性が、モイライの定めにより死ぬこととなった。
そしていよいよ命が尽きかけ、死神である「タナトス」が彼女の元へ迎えに来た。

そこへたまたま通りかかった偉大なる英雄「ヘラクレス」が、持ち前の異常な怪力でタナトスを締め上げたところ、アルケスティスは死の運命を免れることができたと伝えられている(別の伝承によれば、アルケスティスは運命通り一旦死ぬが、ヘラクレスがタナトスを締め上げ、彼女は生き返ることができたとされる)

4. アナンケ

画像 : アナンケ 草の実堂作成(AI)

アナンケ(Ananke)は、ギリシャ神話における「必然」や「宿命」を司る女神である。

世界が創造された時に生まれた原初の神の一柱であり、いわば自然の摂理を擬人化したものと考えられている。
アナンケは宇宙の法則そのものであり、誰一人として彼女の決定に逆らえるものはいなかったという。

他にもアナンケは、先述したモイライたちの母だとされることがある。

その力はモイライをはるかに凌駕するものであり、モイライはアナンケの取り決めの執行役にすぎないという解釈も存在する。

参考 : 『ギリシア詞華集』『散文エッダ』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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