神話、伝説

『神話・伝承で語られる名医』天上の癒し手たちと、江戸の奇怪なドクター伝説

医師とは、高度な専門知識と熟練した技術を必要とする職業であり、厳しい研鑽と選抜を経て、その道に進むことができる専門職である。

そのため、医師となった者は社会的にも高い尊敬を集め、ときに「神」にも等しい存在として称えられることさえある。

では、もし本物の「神」が医師であったとしたら、その存在はどれほどまでに崇高なものとして受け止められただろうか。

今回は神話や伝承に語られる偉大な神の医師たちについて、その役割や人々に与えた影響をひも解いていく。

1. アスクレピオス

画像 : アスクレピオスの彫像 wiki c Nina Aldin Thune

アスクレピオス(Asclepius)は、ギリシャ神話に登場する究極の医者である。

太陽の神「アポロン」とテッサリア(ギリシャの地方名)の王女「コロニス」の息子であり、偉大なる賢者「ケイロン」によって育てられたと伝えられている。

医者としての腕前はまさに驚愕の一言であり、ありとあらゆる病気・怪我を治すばかりか、死者をも生き返らせる卓越した技術を有していたとされる。

だが、あまりにも多くの命を救いすぎたため、冥界(死者の世界)からは人間がどんどんいなくなり、閑散とした状況になったという。

このことを嘆いた冥界の支配者「ハデス」は、弟でありギリシャ神話の主神である「ゼウス」に、なんとかしてくれと頼み込んだ。
ゼウスもゼウスで、「人間ごときが生き死にをコントロールするなど不敬である」と考え、アスクレピオスの抹殺を決意した。

そして哀れにもアスクレピオスはゼウスの雷に打たれ、その生涯に幕を閉じたのである。

しかし、彼の医療技術は神々の目から見ても誉れ高いものであったため、死後アスクレピオスは「へびつかい座」となり、神の一柱として迎え入れられたとされる。

2. エイル

画像 : エイル 草の実堂作成(AI)

エイル(Eir)は、ゲルマン民族の伝承に属する北欧神話に登場する医療の女神である。

ただし、その存在に関する情報はきわめて断片的であり、彼女の正体や具体的な役割については、いまだ明確には解明されていない。

それでも、エイルが優れた医術の持ち主であったことは、中世アイスランドの詩人スノッリ・ストゥルルソン(1178~1241年)が著した『散文のエッダ』などに記述が見られる。

一説では、彼女は薬草の知識に精通し、場合によっては死者をも蘇らせる力を持っていたと伝えられる。

また、身体の治療にとどまらず、心の病にも効果的な癒やしをもたらす存在であったともされている。

3. ディアン・ケヒト

画像 : ディアン・ケヒト 草の実堂作成(AI)

ディアン・ケヒト(Dian Cecht)は、ケルト人の伝承「ケルト神話」に登場する医療の神である。

11世紀頃に記された『アイルランド来寇の書』によると、神々の王「ヌアザ」が「第一次マグ・トゥレドの戦い」という戦争で片腕を失った際、ディアン・ケヒトは銀製の義手をヌアザに移植したと伝えられている。

神々と巨人たちの間で勃発した「第二次マグ・トゥレドの戦い」においても、ディアン・ケヒトは大いに活躍したとされる。
この戦いは熾烈を極め、数多くの戦士たちが負傷または戦死をする、惨憺たる状況であったという。

ディアン・ケヒトはこれら傷ついた戦士たちを、次々と井戸(または泉)の中に放り込んだ。
すると不思議なことに、戦士たちの傷は癒え、死んでいた者は生き返り、戦線へと復帰することができたそうだ。
彼曰く、「脳や脊椎以外の損傷なら全て治せる」とのことである。

このように、ディアン・ケヒトは優れた医者ではあったが、その性格にはかなり難があったという言い伝えも存在する。

先述した銀の腕を移植したエピソードの後日談によれば、ディアン・ケヒトの息子「ミアハ」がヌアザを再手術し、本物の腕と遜色ない義手を取り付けたという。
自身をも超える息子の才能にディアン・ケヒトは嫉妬し、ミアハの抹殺を決意する。

ディアン・ケヒトはまず最初にミアハの首を、次に頭蓋骨を、そして脳を、順番に切りつけた。
しかしミアハは、類い稀なる医療技術を以てして、瞬時に傷を直してしまう。
だが4度目の斬撃で脳が真っ二つに切り裂かれ、ついにミアハは死んでしまったという。

ミアハの墓からは365本の薬草が生えてきたが、ディアン・ケヒトはそれすらも根こそぎ破壊してしまったそうだ。

4. どうもこうも

画像 : どうもこうも 尾田郷澄『百鬼夜行絵巻』より public domain

どうもこうもは、日本に伝わる妖怪である。

まるで漫才コンビのような名前だが、その姿は顔が2つあるおぞましいものとして描かれている。

江戸時代には、さまざまな妖怪を描いた「妖怪絵巻」が数多く制作されたが、その中でもどうもこうもは登場頻度の高い妖怪として知られている。

この妖怪については、古くから奇妙な逸話が語り継がれている。

(意訳・要約)

昔々あるところに、「どうも」と「こうも」という、ふたりの名医がいた。
ある時、ふたりはどちらが日本一の医者であるかを決めるため、勝負をすることにした。

まずふたりは、お互いの腕を切り落とし、それを即座に繋いでみせた。
縫合の跡すら残らない、それは見事な腕前だった。
次にふたりは順番に互いの首を切り落とし、それを繋ぐという恐ろしい手術を決行した。
普通、首を切れば即死するものだが、二人の腕前は人知を超えていたため何ごともなかったように無事であった。

ふたりの技術は拮抗しており、このままでは勝負がつかない。
そこで今度は互いの首を同時に切り落とし、同時に縫合してみようということになった。
しかし、いざ同時に斬首し合ったところ、当然ながら誰も縫合できる者はいなかった。
ふたりはそのまま絶命してしまった。

この奇妙で皮肉な結末がもとになり、何も手の打ちようがない状態を「どうもこうもならない」と言うようになったと伝えられている。

参考 : 『妖怪図巻』『散文のエッダ』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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