ケンタウロスは、ギリシャ神話に登場する「上半身が人間、下半身が馬」という異形の種族として広く知られている。
その特徴的な姿から多くの作品に登場し、現代においても人気を博している。
しかし、ケンタウロスには様々なバリエーションが存在し、その中には馬以外の動物の要素を組み合わせたものもある。
また、ギリシャ神話以外にも、世界各地で人間と馬が合わさったような伝承が残されている。
今回は、ケンタウロスのさまざまな種類と伝承について紹介したい。
1. オノケンタウロス
オノケンタウロス(Onocentaur)とは、馬の部位がロバのようなケンタウロスのことである。
通常のケンタウロスと違い、前足を省かれて描かれることが多い。
古代ローマの文筆家クラウディオス・アイリアノス(175年頃~235年頃)の著書「動物の特性について」において、雌のオノケンタウロスが次のように言及されている。
オノケンタウラという、ケンタウロスによく似た生物がいるのを聞いたことがある。
上半身は毛まみれの女そのものだが、背骨・肋骨・腹・後ろ足はロバによく似ている。
体色は灰色だが、脇腹の下は白っぽい。
腕は人間のそれと同じく物を掴んだり摘まんだりできるが、走るときは前足のように使い、他の四足生物と遜色のない速度で走る。
オノケンタウラは気性が激しく、捕獲したところで従属させることは不可能である。
自由を奪われると死を選び、最終的に全ての食を絶って餓死してしまう。
架空の存在とはいえ、ケンタウロスの存在が既に前提とされているところが興味深い。
2. イクテュオケンタウロス
イクテュオケンタウロス(Ichthyocentaurs)とは、人間の上半身・馬の前足(後ろ足はあったりなかったりする)・魚の尻尾で構成されたケンタウロスのことである。
イクテュオケンタウロスは、古代ギリシャの美術作品の中で度々登場している。
最古のものは古代都市ペルガモンの祭壇に描かれたものであり、これは紀元前2世紀頃に作られたと推定されている。
(ただし、碑文にはトリトンという名前が記されている。トリトンとは海の神であり、人間の上半身と魚の下半身を持つ人魚のような姿で表されることが多い)
イクテュオケンタウロスに伝承は存在せず、その名称自体も、12世紀の東ローマ帝国の詩人ジョン・ツェツェスによる造語だとされる。
3. ケンタウルス・ネアンデルタレンシス
ケンタウルス・ネアンデルタレンシス(Centaurus Neandertalensis)とは、アフリカのウガンダ共和国ムバララ地区に生息するとされた、ヒヒの上半身と馬の下半身を持つ、ケンタウロスによく似た生物である。
極めて高い知能と協調性を持ち、人類に対しても友好的に接する。
そのあまりのフレンドリーさゆえに、なんと自ら解剖の検体としてその身を捧げた個体までいたという。
しかし、ケンタウルス・ネアンデルタレンシスは、1989年ごろに執筆された虚構の学術書、「秘密の動物誌」にて言及されている存在であり、ウガンダにこのような生物がいたという記録はない。
つまり、近年創られたフィクションということになる。
4. アンギータイ
アンギータイ(Anggitay)はフィリピンの伝承に登場する、フィリピン版ケンタウロスともいえる存在である。
姿は美しい女性のケンタウロスそのものであり、額にはユニコーンのごとく一本の角が生えているとされる。
アンギータイは、天気雨の際にその姿を現すそうだが、人前に出てくることは基本的にないという。
しかし、宝石や貴金属、水晶などの装飾品に目がなく、これらを身に着けている人間の元に近づいてくることがあるそうだ。
悪い大人に騙されやしないかと心配になるが、アンギータイは姿を目撃されると瞬時に身を隠し、どこかへ消え去ってしまうため、捕らえることは不可能だろう。
5. キトヴラス
キトヴラス(Kitovras)は、ロシアに伝わる有翼のケンタウロスである。
優れた知恵と予知能力を持つ、神秘的な生物だとされる。
古代イスラエルの王、ソロモンにまつわる伝承の中に、キトヴラスは登場する。
ある時、ソロモン王が聖地エルサレムに神殿を建てようとした。
そこで建設の補佐役として、キトヴラスを利用することを画策する。
酒で酔わされて捕らえられたキトヴラスは、その知恵と予言を遺憾なく発揮し、やがて神殿は滞りなく完成したそうだ。
しかし、ソロモン王は「そんなに頭が良いのに、なぜ人間ごときに捕まったのか?」
と、キトヴラスの知恵を疑う発言をしてしまう。
激怒したキトヴラスは、ソロモン王を捕まえて地の果てまで運び去ってしまった。
何とか生還したソロモン王だったが、その後は恐怖のあまり、寝室の警備を60人ほど増やしたという。
6. ナックラヴィー
ナックラヴィー(Nuckelavee)は、スコットランド・オークニー諸島の伝承に登場する、もはやケンタウロスの範疇に入れて良いか分からないほどの、悍ましい怪物である。
16世紀頃、ジョー・ベンという人物によって書かれたラテン語の手記において、この怪物は言及されている。
ナックラヴィーは普段海中に住んでおり、その姿は一見ケンタウロスのようだが、足にはヒレがついており、巨大な頭を、まるで首の骨が外れているかのように前後にガクガクと揺らしているという。
なにより、この怪物には皮膚は存在せず、剥き出しの筋繊維には黄色い血管が走り、流れる血は漆黒である。
クジラのように裂けた口から吐き出される有毒のガスは、農作物を枯らし、家畜を死に至らしめ、伝染病や干ばつを引き起こすという。
弱点は淡水であり、もしこの怪物に追いかけらたら、川を渡れば難を逃れることができるとされる。
また、雨の日には陸地に上がってくることはなく、海藻を燃やした煙も嫌うそうだ。(かつてオークニー諸島では、海藻の灰を用いたケルプ灰産業が盛んであった)
しかし、これらを用いたところでナックラヴィーは激怒するだけであり、結果的に、より疫病が蔓延する羽目になってしまったという。
最後に
このように、ケンタウロスという存在は単なるギリシャ神話の怪物にとどまらず、世界各地でさまざまな形で語り継がれている。
彼らは神話の中で人々の畏敬や恐怖、時には憧れの対象となり、時代を超えて多くの文化や芸術に影響を与えてきた。現代でも、これらの伝承は新たな創作や物語の素材として息づいており、その魅力は尽きることがない。
参考 : 『秘密の動物誌』『ファンタジィ事典』他
文 / 草の実堂編集部
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