
画像:ウィリアム・アドルフ・ブグロー “The Knitting Woman (編み物をする女)”/1869年。 public domain
昨今、若い女性の間で、編み物が流行しているという。
編み物といえば、日本では長らく主婦の趣味や手仕事として認識されていたが、芸能人やインフルエンサーがSNSで自作の編み物を公開した影響などにより、10代から20代を中心に編み物ブームが広がりつつある。
かくいう筆者も10代20代ではないが、編み物を趣味としている人間の1人であり、暇があれば毛糸や編み方のことばかりを考える日々だ。
編み物は主に、人間の生活の根幹となる「衣食住」のうち「衣」を賄う技術ではあるが、編む物によっては「食」と「住」にも役立つ技術であると考えている。
人類は有史以来、様々な糸や紐を様々な道具で編んで、生活を豊かにしてきた。
今回は、空前のブームとなっている「編み物」について紐解いていこう。
編み物は旧石器時代に始まった

画像:輪編みをする様子が描かれている最初期の絵画。1400-1410年頃、マイスター・ベルトラム(英語版)筆。public domain
世界で見ると「編む」という技術の起源はとても古く、約260万年の旧石器時代にまでさかのぼる。
人類が最初期に編んでいたのは、1本の糸を編んで作った「網」だと考えられている。
やがて糸や紐、竹や藁などを手や針を用いて、カゴや敷物などの生活雑貨や衣類を編むようになった。
日本においても縄文時代早期には、すでに漁網が編まれていたことが判明している。
現在のいわゆる編み物に近い方法で編まれた最古の作品で、作られた年代がはっきりしているのは、帝政ローマ時代のシリアの古代遺跡から発見された3世紀頃の靴下や帽子だ。
古代に使われていた編み針は、現在のかぎ針に近い形状をしていたといい、古代エジプトではすでに靴下が編まれていたという。
衣服を編む編み物はシリアやエジプトから始まり、その後ムーア人やアラブ商人によって、フランスやスペインに伝えられたと考えられている。
その後、フランスで編み物は産業として発展し、16世紀に入ると編み物職人によるギルドも作られた。
アイスランドでは国を挙げて編み物を奨励していた歴史があり、男女問わず各家庭に納品ノルマを与えて、手編みのセーターや靴下などを主な輸出品としていた時代もあったという。
1588年から1589年頃、イギリス人牧師のウイリアム・リーが緯編式(よこあみ)の靴下編機を発明し、その約200年後の1775年には、同じくイギリスで経編(たてあみ)の編機が考案された。
その後、編機はどんどん改良されて、編み物の技法の主流は手編みから機械編の時代へと移り変わっていった。
1849年には編機の針が大幅に改良されて、編物工業はさらに大きく進歩した。機械編みの進歩により、Tシャツや肌着、靴下などあらゆる衣服の生地生産のために、編機が広く使われるようになったという。
日本における編み物

画像:アンギンの袖なし上衣 wiki c 漱石の猫
日本では古来より組紐やカゴ、漁網などは手編みで編んでいたものの、布地を作るために発展した技術はもっぱら織物ばかりだった。
縄文時代から農民の作業着や袋、馬用の衣などに加工するため編布(アンギン)という布が編まれてはいたが、麻やイラクサなどの繊維を用いるため編地が粗く固くなりやすく、衣服の布地を作る時は主に織布が用いられていた。
海外式の編み物の技術は、17世紀後半にスペインやポルトガルから、編み物の靴下などが宣教師たちの手によって日本に持ち込まれた。
ポルトガル語やスペイン語で「靴下」を意味する言葉にちなんで、編み物や編地は「メリヤス(莫大小・目利安)」と呼ばれ、足袋などを作る技術として徐々に普及していった。
日本に第一次編み物ブームが来たのは、昭和29年頃のことだ。
その年、大手ミシンメーカーのブラザー工業株式会社が編機分野と家庭電気分野に進出し、家庭用編機が日本全国でブームとなり、編み物が衣料用の生地として主な位置を占めるようになった。
編み物の経験がない人は、手編みというと「2本以上の編み針を使って毛糸などを編む」いわゆる「棒針編み」を想像する人も多いかもしれないが、日本では昭和40年頃までは棒針編みよりも「かぎ針編み」の方が主流だった。
その後は、編み込み模様のセーターなどを編むために棒針編みが主流となったが、近年の編み物ブームでは、レトロブームやかぎ針1本あれば小物や服を編める手軽さの影響もあり、かぎ針編みの編み物が流行している。
手編みの種類

画像:棒針編み pixabay
一言で手編みといっても、編み物には様々な技法がある。
日本における手編みの技法の二大巨頭は「棒針編み」と「かぎ針編み」だ。
日本語では「棒」か「かぎ」だけの違いだが、英語では棒針編みが「ニット(knit)」かぎ針編みが「クロッシェ(crochet)」と、明確に区別されている。
つまり同じ手編みでも、この2つは使う道具も編み方もまったく異なるのだ。
棒針編みでは、針先に引っかかりがない棒針という道具を2本以上使って糸を編んでいく。
伸縮性のある薄手の生地が編めるので、セーターなどの衣類やマフラーなどを軽く編むのに向いている。
筒状の物をつぎはぎせずに編むためには、棒針をコードで繋いで輪状にした輪針を使うか、棒針を3本以上使う必要がある。

画像:かぎ針編み pixabay
かぎ針編みは、先端にフックがついたかぎ針という道具を使って糸を編む。
棒針編みよりも編地が厚くなりやすいので、バッグやマットなど丈夫さが求められるものによく使われる編み方だが、編み方を工夫すればセーターやスカートなどの衣服を編むこともできる。レース編みもかぎ針が使われることが多い。
手編みの技法には他にも「アフガン編み」や「指編み」、「腕編み」など多岐に渡る。
長い歴史の中で工業や文化として成り立ってきただけあって、編地や編み方の種類も把握しきれないほど存在するのだ。
編み物には「癒し効果」がある

画像:うさぎのあみぐるみ pixabay
近年注目を集めているのが「ニットセラピー」という概念だ。
編み物は手軽な創作活動となるだけでなく、ストレスの軽減やリラックス効果をもたらすことが、研究によりわかってきている。
同じ動作を繰り返しながら1つのことに集中することが、瞑想に似た効果をもたらしてくれるというのだ。
確かに編み物をしていると、知らず知らずのうちに時間が過ぎていく。無心になることで雑念にとらわれなくなり、心身のリフレッシュに役立つのだという。さらには脳の活性化や老化防止などの効果もあると、科学的に示されている。
いきなり「禅を組んで瞑想をしなさい」と言われても、初心者はどう意識を集中させていいのかわからないが、編み物をしているうちに同じような効果が得られて、さらに達成感と作品も得られるのであれば、一石二鳥にも三鳥にもなるだろう。
編み物に挑戦してみよう

画像:かぎ針編みのモチーフ pixabay
ここまで編み物の歴史や編み方、効果などについて解説してきたが、もし興味が湧いたらあれこれ考えずに編み物に挑戦してみてほしい。
今は100円ショップでも編み物用具を取り扱っているので、昔よりもずっと気軽に始められる。
編み物は女性の趣味だと思われがちだが決してそんなことはなく、編み物作家として活躍している人物には男性も多くいる。編み物は性別など関係なく楽しめる世界なのである。
特にSNSや人間関係で疲れた時は、何も考えず手元に集中して無心になれる編み物は、自然と不要な情報や情報源から目を外すことができる。編み物はデジタルデトックスにもなるのだ。
今まで編み物に興味を持ってこなかった人も、編み物の世界に足を踏み入れてみてはいかがだろうか。
参考 :
飯塚 信雄 (著)『手芸の文化史』
横山 起也 (著)『どこにもない編み物研究室 日本の過去・未来編: 手芸とは何か? 時間軸で俯瞰すると見えてくるものがある!』
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部
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