前回は、金日成(キム・イルソン)が、北朝鮮において独裁政権を築き上げるまでの過程を振り返った。
【北朝鮮建国者】金日成はなぜ大粛清を行う独裁者になってしまったのか?
https://kusanomido.com/study/history/chinese/jinmin/99374/
金日成が構築した政権は、1948年の成立から70年以上が経過した現在も、個人崇拝を基盤とした体制として受け継がれている。
当初、金日成政権はソ連の強力な支援を受けて立ち上げられた。
しかし、ソ連崩壊後もその影響は衰えることなく、むしろ個人崇拝が強化され、ついには神格化にまで至っている。
「恐怖政治」はその理由の一因ではあるだろうが、それだけでは説明しきれない複雑な要因が絡んでいる。
今回は、金日成が個人崇拝され続けている理由について、背景と要因を掘り下げていくこととしよう。
金日成の偏った知識を信じる熱心な信者
金日成は、青年期からリーダーシップを発揮し始めた人物である。
彼は15歳のときに「吉林少年会」を組織し、小学生を中心に約36名を指揮していた。年上だったとはいえこの年齢で大人数を率いるには、相当な話術やカリスマ性があったと考えられる。
学力についてはどうだろうか。中学時代の金日成が読書家であったことは知られているが、学校での成績については記録が残されていない。さらに、彼が読んでいた書籍の多くは共産主義思想に偏った内容のものであり、その思想は彼の人格形成に大きな影響を与えていた。
戦時中、金日成はパルチザンの隊員たちの前で共産主義について語ることを好んでいたという。一部の隊員たちは彼の熱弁にうんざりしていたという証言もある。
それでも金日成は自身の信念を貫き通し、共産主義思想を指導理念として北朝鮮の基盤を築いていった。
このような一貫した信念が、周囲に熱心な支持者を生み出し、金日成の政権を確固たるものにする大きな要因となったのだろう。
英雄的な自己像
金日成は、残忍で非道な一面を持つ指導者として知られるが、完璧主義的な性格だったことも、個人崇拝の形成に寄与したと考えられる。
また、彼の戦歴には、虚偽や誇張が多く含まれている。
たとえば、「日本軍と10万回の戦闘を繰り広げ、全勝した」という逸話が北朝鮮のプロパガンダの中で強調されているが、実際には多くのパルチザンが戦死や捕虜となり、中には日満軍に投降して金日成の逮捕に協力した者もいた。
1937年、日本軍は金日成に懸賞金をかけ、その捕縛を試みた。この時期、金日成は抗日パルチザンとして活動を続けていたが、追撃を逃れた末にソ連に保護を求めることとなった。この事実については、北朝鮮の公式伝記ではほとんど触れられていない。
また、日本軍が最終的に敗北する大きな要因となったのは、1945年のソ連による対日参戦である。ソ連軍の満州侵攻は日本軍に壊滅的な打撃を与え、北東アジアの情勢を大きく変えた。しかし、北朝鮮の公式記録ではこの点が軽視され、金日成の指導力が過剰に強調されている。
これらの歴史的な事実と異なる記述が伝記に見られる背景には、金日成自身が失敗を隠し、英雄的な自己像を作り上げようとする傾向があったためと考えられる。
とはいえ十分な史料は存在せず、推測の域を出ない部分も多い。金日成が自らのイメージを戦略的に作り上げたのか、それとも周囲が作り上げたのかについては、さらなる研究が必要である。
白頭山伝説
北朝鮮には「白頭山(ペクトサン)伝説」と呼ばれる一連の神話が存在する。
この伝説には、風や空を読むという「天地法」や、敵の行動を予測する「縮地法」、さらには「金日成が用意した銃弾には目がついている」など、幻想的で信じがたい内容が盛り込まれている。
この伝説が形成された背景には、北朝鮮が掲げる「革命の聖地」としての白頭山の位置づけがある。
この山は、金日成が抗日ゲリラ活動を展開した地とされ、さらに息子である金正日がこの山のふもとで生まれたという主張も公式に広められている。しかし、これらの主張は歴史的事実とは異なる点が多く、プロパガンダとしての側面が強い。
白頭山は、李朝時代には性理学的な象徴としての意味合いが強く、民族の聖地とされることはなかった。近代になって「朝鮮民族の揺り籠」として再定義され、民族意識の象徴となった。
現在に至るまで、白頭山にまつわる物語は北朝鮮国民に深く浸透しており、金日成とその一族を神格化するための強力な手段として機能している。
金日成及び金一族の個人崇拝は成功しているのか
北朝鮮における金日成の神格化および、金一族の個人崇拝は、国家体制の中心として完全に根付いていると言える。
各家庭には金日成の肖像画「太陽像」が掲げられ、その清掃方法まで厳格に規定されている。また、公共施設にも肖像画が設置され、日々の崇拝が義務付けられている。
さらに、北朝鮮の祝日にはクリスマスやハロウィンといった国際的な行事は存在せず、代わりに金一族の誕生日が祝われている。金日成の母親も「国母」として称えられ、家族全体が国家の象徴として位置付けられているのだ。
このような取り組みにより、金日成の神格化と金一族の個人崇拝は成功していると言えるだろう。こうした独裁体制が3世代にわたり継承されているのは、北朝鮮以外ではほとんど例がない。
また、金一族の内部でも「英才教育」と呼ばれる徹底した洗脳教育が行われてきたことも、この体制の長期化に寄与しているだろう。
しかし、いくつもの国々が北朝鮮に対して輸出入禁止措置を講じている中、今後、金正恩がどのような行動に出るのかは注目されるところである。この体制がどこまで維持されるのかは、今なお世界の関心を集めている。
参考 :
金日成 講談社学術
金日成評伝 亜紀書房
文 / 草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。