日本における女性たちの争いを描いた作品といえば、『大奥』が広く知られていますが、中国にも同様のテーマを扱った作品が存在します。
それは『金瓶梅(きんぺいばい)』です。
この作品は、女性たちの激しい争いがきっかけとなり、名家が滅亡するという壮絶な結末を迎える物語です。
今回は、この『金瓶梅』について詳しく解説いたします。
金瓶梅とは?
『金瓶梅』は、中国の明代に書かれた長編小説で、『西遊記』『水滸伝』『三国志演義』と並んで中国4大奇書の一つに数えられています。
『金瓶梅』というタイトルは、物語の中心となる3人の女性、潘金蓮(はんきんれん)、李瓶児(りへいじ)、春梅(しゅんばい)の名前から1文字ずつ取られたものです。
この物語は、北宋時代の裕福な薬屋・西門慶(せいもんけい)を中心に展開され、彼の豪奢な生活と多くの女性たちとの関係が描かれています。『金瓶梅』は、そのリアルな描写から、当時の社会や文化を理解するための貴重な史料とされています。
その生々しい描写があまりにも露骨で、中国では過去に何度か出版禁止になりました。
女性たちの激しい争いの描写は圧巻であり、その苛烈さは日本の類似作品を凌駕するといっても過言ではありません。
金瓶梅は「水滸伝」のスピンオフ作品
実は『金瓶梅』は、『水滸伝』のスピンオフとして書かれています。
物語は、『水滸伝』の豪傑・武松(ぶしょう)の、虎退治エピソードから分岐していきます。
武松は、虎退治の功績により県庁の治安隊長に任命されました。
その折、偶然にも兄の武大(ぶだい)が近くに住んでいることを知り、彼の世話になることになったのです。
武大は蒸し餅屋の主人で、外見は醜く、真面目さだけが唯一の取り柄といった人物でした。
そんな武大ですが、彼には美貌と才知を兼ね備えた、潘金蓮(はん きんれん)という妻がいたのです。
潘金蓮は元々は貧しい生まれで、金持ちの家に女中として売られましたが、美人だったことで当主の妾となりました。
しかし、元来の気の強さ故か本妻には嫌われ、結局追い出される形で、無理やり武大のもとに嫁がされたのです。
しかし、その二人の不釣り合いさは周囲の噂となり、「あれほど立派な羊の肉が、なぜ犬にさらわれたのか」と揶揄されるほどでした。
金蓮自身も、「なぜ私がこんな男の妻になったのだろう」と日々悩んでいました。
そんな中、豪傑として名高い武松が家を訪れることになり、金蓮は彼に色目を使いますが、武松には冷たくあしらわれてしまいます。
失意の中で、金蓮は裕福な薬屋の西門慶(せいもんけい)と運命的な出会いをはたします。
そして、隣家の王婆(おうば)という老女を介して、不倫関係となったのです。
やがて金蓮は、西門慶と共謀して夫・武大を、砒素(ひそ)で毒殺してしまいました。
『水滸伝』では、武松がこの行為に報復し、西門慶と金蓮を殺害する展開となりますが、『金瓶梅』では異なる展開を見せます。
西門慶は危険を察して逃亡し、武松は別人を西門慶と誤解して殺害してしまいます。難を逃れた西門慶は、官憲に賄賂を渡して武松の罪を重くし、彼を遠方へ流刑に追いやるのです。
こうして、障害が取り除かれた西門慶と金蓮は、正式に夫婦となり、金蓮は西門慶の第5夫人として嫁ぐことになります。
その後、金連を含めた6人の夫人とその他の愛人たちの、更なる愛憎劇が展開していくのです。
金瓶梅のエピソードを一部紹介
『金瓶梅』には、多くの愛憎渦巻くエピソードがあります。今回は、その一部をご紹介しましょう。
西門慶には隣人の花子虚という親友がいて、花子虚には李瓶児(りへいじ)という妻がいました。
しかし西門慶は、こっそり李瓶児を寝取ってしまいます。その後、花子虚が病気で亡くなると、西門慶は李瓶児を第6夫人として迎えたのです。
そして、李瓶児が男児を出産したことで、金蓮は嫉妬に駆られ、陰険な計略を企てます。
金蓮は、雪獅子(ゆきじし)という猫を溺愛していましたが、その猫に「おくるみに包んだ餌を取らせる訓練」を行ったのです。
その後、雪獅子はおくるみに包まれた李瓶児の子を見つけ、餌だと勘違いして引っ掻いてしまいます。その結果、金蓮の狙い通り、李瓶児の子は引き付けを起こして亡くなってしまいました。
李瓶児もまた、子を失ったショックで病に倒れ、第1夫人である呉月娘(ご げつじょう)に「決して子供を暗殺されないように」と遺言を残して亡くなります。
この言葉は、西門慶が亡くなった後、月娘が金連を西門家から追い出すきっかけになるのでした。
『金瓶梅』には「因果応報」という主要なテーマが貫かれています。
どんなに大きな宴も最後には終わりがあるように、放蕩の限りを尽くした西門慶と金連にも、最後には報いの時が訪れるのです。
武大を砒素で毒殺させた西門慶は、金連に与えられた媚薬の大量摂取で亡くなり、武大を殺した金連は、最終的には武松に殺されます。
最後まで真面目に生きた月娘は、まっとうに人生を終えます。
謎の作者、笑笑生の正体
『金瓶梅』の作者は、「蘭陵の笑笑生」という人物とされていますが、その正体は謎に包まれています。
蘭陵は今の山東省で、会話がすべて山東の方言で書かれていることから「作者は山東の人ではないか」と推測されています。また、蘭陵は名酒の産地で有名なことから「酒を飲みながら、笑って書いた」くらいの意味のペンネームという説もあります。
作中の商いの描写がとても細かいことから、作者自身も商人だった可能性も指摘されていますが、詳細は不明です。
この謎めいた作者の存在も、物語に一層の魅力を加えています。
金瓶梅をもとにした、おすすめ作品
『金瓶梅』は、その影響力から多くの派生作品が生まれました。
映画やドラマ、小説など、様々なメディアで再解釈されており、それぞれが独自の視点で『金瓶梅』を描いています。
その中でも、筆者おすすめの作品をご紹介します。
竹崎真実『まんがグリム童話 金瓶梅1』
小説版は言い回しが古く、少し読みづらいのですが、この作品は漫画なので気軽に楽しめます。
金蓮の性格はきついですが面倒見が良く、なんだかんだ義理堅い姉御肌なところなど、それぞれのキャラクターが魅力的に描かれた作品です。
ドロドロした女の争いのなかにスカッとするお話もあり、読んでいて爽快感すら覚えます。
『金瓶梅』は、その豊かな物語と深い社会風刺から、中国文学の中でも重要な作品とされています。
ぜひ、この機会に『金瓶梅』を手に取り、その世界に浸ってみてください。
参考文献:小野 忍 (訳), 千田 九一 (訳)『金瓶梅』
文 / 草の実堂編集部
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