室町時代

なぜ女性だけが血の池地獄に堕ちるのか「血盆経」にすがった中世の女たち

画像 : 熊野観心十界曼荼羅 public domain

兵庫県立歴史博物館が所蔵する「熊野観心十界曼荼羅」の右下には、赤い池が描かれています。

池に浸かった女たちの顔は苦悶に歪み、獄卒の鬼が鉄の棒を振り上げ、女性たちは池の血を無理やり飲まされています。
ところがその上には蓮の葉に乗って池から浮かび上がる二人の女性の姿があり、その上方には如意輪観音が静かに座し、跪く女に一枚の紙を差し出しています。

これは「血盆経(けつぼんきょう)」という女性を地獄に堕とす経文であり、また同時に地獄から引き上げる道具でもあり、わずか四百二十字の経典になります。

なぜ女性だけが堕ちる地獄があったのでしょうか。

なぜ女性だけが堕ちるのか

画像:地獄 イメージ wiki c M.Denko

平安時代に源信が著した『往生要集』は、日本人の地獄観を決定づけたテキストとされています。

等活地獄から阿鼻地獄まで八層の地獄が克明に描かれ、それぞれに十数種の別所が設けられていますが、そこにはまだ「血の池地獄」は存在していません。

「血の池」が現れるのは室町時代以降のことです。
その背景には、中世を通じて強まっていった「血穢(けつえ)」の観念がありました。

月経や出産に伴う出血が「罪」として重みを増していき「女の体から流れ出る血は大地に触れ、地神を怒らせてしまう」と考えられるようになったのです。
血で汚れた衣を川で洗えば、その水を知らずに汲んだ人々が茶を淹れ、仏に供えてしまうからです。

仏教にはもともと「五障」という考えがあり、女は仏にすらなれないとされています。
『法華経』でさえ、女の成仏には「変成男子(いったん男に生まれ変わること)」を条件としました。

さらに室町時代になると、女の体に生まれたこと自体が前世の悪業の報いだとする観念が広まっていきます。

そうした空気が支配する中、中国から一篇の短い経典「血盆経」が渡ってきたのです。

四百二十字の経典

「血盆経」は、中国で作られた偽経(後世に創作された経典)です。
成立時期には幅があり、十世紀以降とする説と、十二世紀末から十三世紀初とする説があります。

「血盆経」の筋書きはこうです。

神通力で知られる仏弟子の目連(もくれん)が地獄を訪れると、血の池では大勢の女たちが獄卒に責め立てられていました。
女たちは、産血や経血で地と水を穢した罪によって、そこへ堕とされていたのです。
その一方で、信心をもって経を書き写し、たもち、血盆勝会を営めば、女たちは血の池から救われるとも説かれていました。

このように血盆経は罪を告げるだけでなく、救いの道も同時に示す経典でした。

日本では遅くとも室町期には受容されていたと考えられており、当初は寺院内部での写経や、亡くなった母の追善供養のために書写されることが多かったようです。

母を血の池に堕とさないために子が功徳を積む。その願いこそが血盆経が受け入れられる出発点でした。

尼僧たちが広めた地獄

画像:曼荼羅を広げて絵解きをする熊野比丘尼。主に聴衆は女性と子供だった。※イメージ

それでは血盆経を寺院の外へ持ち出し、民衆のあいだに届けたのは誰だったのでしょうか。

その大きな担い手となったのが「熊野比丘尼(くまのびくに)」と呼ばれる遊行の尼僧たちです。

熊野三山を拠点とする彼女たちは、大きな掛軸(熊野観心十界曼荼羅)を担いで全国を巡りました。寺の境内や街角に曼荼羅を広げ、指し棒で一つひとつの場面を指差しながら語ったと伝わります。

曼荼羅には血の池地獄のほか、子を産めなかった女が堕ちる「不産女地獄」、嫉妬で蛇体に変じた女が男に巻きつく「両婦地獄」など、女性に特化した責め苦がずらりと並んでいます。

その絵を前にして聴衆は手を合わせ、語り終えた尼僧から木版刷りの経典や護符を買い求めました。
実際に近世初期の風俗図屏風には、女子供を前にして曼荼羅を広げる熊野比丘尼の姿が残されています。

では「あなたは地獄に堕ちる」と告げられた女性たちはなぜ怯えるのでなく、自ら進んでその話を聞きに集まったのでしょうか。

その理由は、尼僧たちから護符を買いたかったためです。

当時、月経中の女性は社寺への参詣を控え、祭礼にも参加できませんでした。
しかし血盆経に基づく護符を身につけていれば穢れは清められたものとみなされ、この制限が緩和されました。

つまり月経中でも「祭りに行ける、寺に詣でられる」ことは大きなメリットだったのです。

妊婦は安産の守りとして護符を身につけ、出産に臨みました。
出産は女性にとって生死に直結する大きな危険でもあり、死後に血の池へ堕ちないという約束は、紙一枚であっても精神的な支えになったのでしょう。

不運にも女性が亡くなると、棺に血盆経を納めて葬りました。

このように血盆経が護符として流通し始めると、儀礼はさらに広がりを見せます。

白い布に赤い染料、あるいは実際の経血を塗り、経文を書いて川のそばに掛け、通りがかりの人が水をかけると赤い色と文字が少しずつ流れ落ちていきます。

これは穢れが洗い清められる過程を目に見えるようにした、共同体の儀礼でした。

女性を「血の池」から救う営みは、家族だけの問題ではなかったのです。

橋を渡る女性たち

画像:雄山神社中宮祈願殿(富山県立山町芦峅寺)。かつての中宮寺の境内にあたり、布橋灌頂会はこの一帯で行われた。public domain

血盆経の信仰が行き着いた先の一つとして、越中立山の「布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)」があります。

立山は女人禁制の霊山でした。
男は登拝によって浄土を目指せますが、女性には山に入ることすら許されません。
そこで麓の芦峅寺(あしくらじ)が以下の儀式を考案しました。

参加する女性はまず閻魔堂に入り、懺悔の儀式で現世の罪を拭います。白装束をまとい目隠しをされ、視界を奪われたまま、僧侶の読経だけを頼りに閻魔堂の外へ出ます。

外に出ると、足の裏に布の感触があります。白い布が敷かれた朱塗りの橋です。
橋のこちら側が「この世」、向こう側にある姥堂が「あの世」を意味し、何も見えない暗闇の中を読経の声に導かれて一歩ずつ進んでいきます。

こうして女性たちは象徴的に死と再生を通過し、極楽往生を祈りました。

芦峅寺の衆徒は各地に出向いて立山曼荼羅を絵解きし、男性には夏の登山を、女性には秋の彼岸に行う布橋灌頂会を勧誘して回りました。最盛期には全国から三千人もの女性が芦峅寺を訪れたといいます。

信徒のなかには新吉原の遊女もいました。遊女にとって妊娠と出産は常に隣り合わせの現実であり、血の池地獄は他人事ではなかったはずです。
身分を問わず「女である」という事実だけで共有される恐怖があったのです。

布橋灌頂会は明治初年の神仏分離政策のなかで途絶えましたが、1996年に約130年ぶりに復元され、現在は3年に1度、秋の彼岸に行われています。

池のほとりの紙片

血盆経の痕跡は全国各地に現在も残っており、奈良の元興寺極楽坊には、中世に作られた瓶塔形の血盆経があります。
小さな塔のかたちをした容器に経文を納めたもので、亡くなった女性のそばに置くために用意されました。

西大寺の骨堂からも写本が見つかっており、亡くなった女性とともに納められたと考えられています。

参考文献
竹見李子「“Menstruation Sutra” Belief in Japan」『Japanese Journal of Religious Studies』1983年, 他
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部

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