西洋史

シェイクスピアは女性と結婚して男性に恋をしていた?謎だらけの私生活

今年も映画界のビッグイベント、米アカデミー賞が発表され、『ハムネット』に出演したジェシー・バックリーが主演女優賞を受賞した。
同作はアメリカではすでに昨年(2025年)公開済みだが、日本でも来月(2026年4月)公開予定である。

ジェシー・バックリーが演じたのはアグネス・シェイクスピア。
人類史上最も有名な文豪ウィリアム・シェイクスピア(1564‐1616)の夫人である。

画像:シェイクスピアの肖像 public domain

シェイクスピアはその極めて高い知名度に反して、本人に関して残された記録は驚くほど少ない。

そのためシェイクスピアの代表作である『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』は幾度も映像化されているのに、シェイクスピア本人を題材とした作品は限られる。

『恋に落ちたシェイクスピア』、『シェイクスピアの庭』、『ハムネット』の三作品程度しかめぼしいものが無い。

そのぶん想像力を働かせてシェイクスピア像を膨らませる面白さはあるのかもしれないが、資料が少なすぎてアプローチが難しいのだろう。

シェイクスピアは存在せず、他の人物のペンネームだった説も古くから流布しているが、そんな説が出てくるのはシェイクスピアの記録が少なく謎だらけで、実在に疑問を唱える愛好家や研究者が少なくないからだ。

だが、そんなシェイクスピアにも確かなことがいくつかある。

その一つは、女性と結婚して子供をもうけていたことである。

シェイクスピアの結婚記録

画像 : ストラトフォード=アポン=エイヴォンにあるシェイクスピアの生家 Gerd Thiele, CC BY-SA 2.0

ウィリアム・シェイクスピアは、イングランドのストラトフォード=アポン=エイヴォンに生まれた。

受洗日(洗礼を受けた日)は1564年5月26日で、洗礼は生後3日程度で受けることが当時は多かったため、一般的に5月23日がシェイクスピアの誕生日=シェイクスピア記念日ということになっている。

父のジョン・シェイクスピアは手袋職人だったがその後、不動産や高利貸しに手広く商売を広げて成功し、のちに町長を務めている。

シェイクスピアの少年時代の記録は全く無く、学校に行ったかどうかもわからない。
だが、18歳で結婚したことははっきり記録が残っている。

ウスター司教区登録部の1582年11月27日付の記録に「ウィリアム・シェイクスピアと乙女アン・ホエイトリーに結婚の許可を与える」、翌日の記録に「ウィリアム・シャグスピアとアン・ハサウェイの結婚」がある。

見ての通り二つの記録で名前が違うのだが、記録係がかなりいい加減な人物で頻繁に人物名を間違えていた形跡がある。
ホエイトリーとハサウェイを間違え、シェイクスピアとシェグスピアを間違えるようないい加減な記録係なのだから、アンとアグネスを間違えても不思議ではない。

この結婚は「できちゃった婚」だったようで、翌年5月に長女スザンナが誕生している。

3年後の1585年には、ハムネットとジュディスの双子の洗礼記録がある。
しかしハムネットは幼くして亡くなっており、映画『ハムネット』のタイトルはここからきている。

その後、1587年に父ジョン・シェイクスピアの裁判に立ち会った記録があるが、そこから数年間、ロンドンで突如として劇作家として成功するまで全く記録が残っていない。

ただし20歳までのシェイクスピアの記録から、女性と結婚して子供をもうけていたことだけは確かだ。

シェイクスピアが愛の詩を献呈した「W.H氏」

シェイクスピアはまず劇作家として有名だが、ルネサンス文学を代表する詩人でもある。

詩人シェイクスピアの代表作である『ソネット集』が出版された際、次のような献呈辞が添えられていた。

“To the only begetter of these insuing sonnets Mr.W.H”

「このソネット集を唯一の生みの親であるW.H氏に捧げる」

シェイクスピアのソネットは愛の詩で、作中に登場する「私」が「君」の美しさを讃えている。

そして「私」はシェイクスピア自身とされる一方で、「君」は女性ではなく、美しい男性貴族を指すと解釈されている。

画像 : 一説にW.H氏の正体とされるサウサンプトン伯 1618年頃の肖像画(ダニエル・マイテンス画)public domain

シェイクスピアが女性と結婚して子供をもうけていたのは前述の通りだが、このように『ソネット集』には男性に向けた愛や賛美とも読める表現が含まれている。

そのため、シェイクスピアは女性と結婚しながら、男性にも特別な感情を抱いていた可能性も考えられている。

『ドリアン・グレイの肖像』などで知られる文豪オスカー・ワイルド(1854‐1900)は自身も同性愛者だったが、ワイルドはシェイクスピアが献呈辞で言及したW.H氏は、劇団の少年俳優だったとの説を唱えている。

シェイクスピアを知り尽くした俳優、演出家のケネス・ブラナーは自身の監督作『シェイクスピアの庭』で、W.H氏はH.W氏を逆さまにしたもので第3代サウサンプトン伯ヘンリー・リズリー(1573-1624)だったとの説を採用している。

リズリーはシェイクスピアが『ヴィーナスとアドーニス』を献呈した人物で、関わりがあったことは確かだ。
美青年で、当時の女王エリザベス一世にも可愛がられていたという極めて位の高い人物である。

労働者階級出身のシェイクスピアが本当にリズリー伯に恋心を抱いていたとしたら、LGBTQかつ身分違いの禁断の恋である。

これだけでもフィクション作品の題材になりそうだ。

空白の期間に何があったのか?

画像:引退後のシェイクスピアの終の棲家となったストラトフォード・アポン・エイヴォンにあるニュー・プレイス CC BY-SA 3.0

前述の通り、20歳で父親の裁判に立ち会ってから実に8年の間、シェイクスピアの記録には完全な空白がある。

その間にシェイクスピアの性的嗜好がなんらかの変化があった可能性はある。
女性と結婚して子供をもうけていたことから、もともとは異性愛者だったのだろう。

だが、ここで注目すべき点は当時の劇場が女人禁制だったことだ。
そのため女性役は声変わり前の少年俳優が務めるのが通例だった。

そうした環境に身を置くうちに、シェイクスピアに眠っていた同性愛嗜好が目覚めたのかもしれない。
日本でもかつて僧侶や武士の間で男性同士の恋愛があったことは、歴史好きの方であればご存じのことだろう。

ただし、当時のイギリスにおいて男性同士の性交は違法であった。
本当にシェイクスピアが同性愛傾向があったとしても、それは決して表ざたにできなかったに違いない。

イギリスではかなり近代まで同性愛が犯罪とされており、前述のオスカー・ワイルドは服役し、天才数学者アラン・チューリングは1952年に有罪判決を受けた。歴史としてはかなり現代寄りの出来事である。

ただでさえ記録の少ないシェイクスピアである。本当の性的指向については恐らく永遠に謎のままだろう。

参考文献:
河合 祥一郎 『シェイクスピアの正体』
戸所 宏之『はじめてのシェイクスピア: 英文学の最高峰を楽しむ』
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部

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フリーランスエンジニア、WEBライター、インディーズ映画製作者。大学院修了(英文学)後、システム会社に勤務しながらライターを兼業。神谷正倫 名義で親族と共同制作した映画『11月19日』(2019)、『階段下は××する場所である』(2021)、『正しいアイコラの作り方』(2024)の三本が劇場公開された実績あり。仕事でも留学でもなく、純粋な趣味で海外20か国に渡航経験がある。

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