たくさんいらっしゃる仏さん。
そのご本家は「如来」さんですが、今回ご紹介するのは如来さんをお守りする「天」さんです。
この仏さんたちは、もともとは古代インドの神々でした。
今回は「天」さんについて見ていきましょう。
「天」さんって、どのような仏さん?

画像:中国智化寺梵天立像 public domain
「天」は、仏教以前のインドのバラモン教の神々が、仏教に取り入れられた仏さんです。
バラモン教とは、古代インドのアーリヤ人社会に生まれ『ヴェーダ』を聖典とするきわめて古い祭祀宗教。
司祭階級バラモンが儀礼を司り、後のヒンドゥー教へとつながるとも言われます。
その起源は紀元前1500年ともいわれ、アーリヤ人がインドを征服する過程で生じたインドの厳しい階級制度・カーストと強く結びついていることも特徴です。
バラモン教では火を用いた供犠が重んじられ、火の中に神様へのお供えを投じて祈る儀礼は古代インド思想の大きな土台となりました。
このような出自をもつ「天」さんは、如来や菩薩と人間との中間に位置する存在です。
如来・菩薩が人々を教え導くのに対し「天」は仏法を護り、現世利益をもたらす役割を担います。
では代表的な「天」さんをご紹介しましょう。
「帝釈天」のもと須弥山の四方の門を守る「四天王」

画像:東寺講堂の国宝帝釈天半跏像 public domain
帝釈天(たいしゃくてん)は、仏教世界の中心にそびえる須弥山の頂上、忉利天(とうりてん)に住むとされる護法善神です。
その前身は、インド最古の聖典『ヴェーダ』に登場するインドラです。
雷を神格化した英雄神であり、悪神ヴリトラを倒す武勇の神として信仰され、仏教に取り入れられると梵天と並んで仏法を守る代表的な存在となります。
日本でも帝釈天は古くから信仰され、東寺講堂の帝釈天半跏像のように、端正な貴人の姿で表されることがあります。
また、映画『男はつらいよ』で知られる柴又帝釈天も、この帝釈天を祀るお寺です。
そして、この帝釈天に仕えるのが「四天王」です。
四天王は須弥山の中腹に住み、東の持国天(じこくてん)、南の増長天(ぞうちょうてん)、西の広目天(こうもくてん)、北の多聞天(たもんてん)が四方を守ります。
それぞれの方角を守るだけでなく、仏法に害をなすものを退ける護法神でもあります。
そのため四天王は衣の上に甲冑を付け、手に武器を持つなど、戦いに出る武将のような姿で表されます。
足もとに邪鬼を踏みつける像も多く、仏法を守る存在としての力強さがその姿に込められているのです。
バラモン教の最高神だった「梵天」

画像:東寺の梵天坐像 public domain
「梵天」は、古代バラモン教の最高神ブラフマーに由来します。
万物の根源となるこの神が仏教に取り入れられて「梵天」となりました。
その姿は、唐風の貴人のような装束をまとった姿や、四つの顔と四本の腕を持つ姿で表されます。
ただし、帝釈天に比べると、梵天はやや馴染みが薄い存在です。
それは宇宙の根源という抽象的な性格ゆえに、民衆信仰の対象になりにくかったためと考えられます。
しかしながら、「梵天」は、もともとは宇宙をつくった神さま。
ですからインド神話に登場する神の中でも最古参なため、天部の中でも別格の地位を与えられています。
まだまだいるぞ。このほかの「天」さん

画像:盛岡市松園寺の弁才天坐像 public domain
「四天王」「梵天」のほかにも、多くの「天」さんがいらっしゃいます。
なかでも興味深いのは、女性の「天」さんの存在です。
吉祥天は、功徳と幸福をもたらす女神で、起源はヒンドゥー教のラクシュミー。
毘沙門天の妃とされます。
弁財天は、音楽・芸能・財福の神として広く信仰され、その起源はサラスヴァティーです。

画像:伊那市の三澤寺子安鬼子母神 public domain
鬼子母神は、もとは子どもをさらう鬼女でしたが、仏の教えに触れて改心し、安産・子育ての守護神となりました。
勇ましい姿で仏法を守る男性の「天」さんに対し、女性の「天」さんは、安らぎや恵みをもたらす存在として信仰されています。
お寺で「天」さんに出会う機会があれば、ぜひ親しみを込めて向き合ってみてください。
※参考文献
京都歴史文化研究会(高野晃彰)著 『京都札所めぐり 御朱印を求めて歩く』メイツユニバーサルコンテンツ
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部
























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