事件史

ナチス・ドイツの史上最大の偽札製造・ベルンハルト作戦

ナチスの偽札

ベルンハルト作戦

※2008年1月、パリにおける『ヒトラーの贋札』のプレミアで贋5ポンド札を見せるアドルフ・ブルガー

ベルンハルト作戦 はナチス・ドイツが行った作戦の名称です。

作戦といってもこれは軍事作戦ではなく、敵国イギリスの経済を混乱させるべく企画・実行された破壊工作の一種で、国家が主体となって行った史上最大の偽札製造事件でした。

ナチス・ドイツは、当初イギリスやアメリカの経済を混乱させようと、ポンド紙幣とドル紙幣の偽造を企図し、作成した偽札を空中から散布しようと考えていたと言われています。

そうして偽造紙幣をばら撒けば、拾得した人間が喜んで使用すると考えたのですが、その計画は関係者の主導権争いや、散布に必要とされる飛行機の問題などから実現しなかったと言います。
そして1942年に紙幣の偽造作戦はベルンハルト・クリューガー親衛隊少佐の配下に置かれ、その名から「ベルンハルト作戦」と呼称されることになりました。

ポンド紙幣の偽造

「ベルンハルト作戦」は、ドイツの首都ベルリンの郊外に位置するザクセン・ハウゼン強制収容所にユダヤ人の技術者を約140名程も集めて行われ、5、10、20、50の各ポンド紙幣の偽造に見事成功しました。国家を挙げてのこのプロジェクトで完成した偽札は本物と見まがうばかりの出来で、イギリスは5ポンド以上の紙幣の発行を中止するほどだったと伝えられています。

ここで製造された偽のポンド紙幣は、総数で約900万枚、額面の金額合計で1億3400万ポンド(現在で約6千億円以上)とも言われ、主にスパイへの謝礼金や、各種の工作資金、武器の購入資金などに用いられました。

この偽札の数は、当時流通していたポンド紙幣の一割にも及んだとみられています。経済攪乱はもとより、各種の支払いに使用して、代わりに情報・サービス・物品を手に入れるという事は一石二鳥にも三鳥にもなった作戦と言えました。

映画にもなった ベルンハルト作戦

※アドルフ・ブルガー

この「ベルンハルト作戦」の生き証人だったのがアドルフ・ブルガー氏で、その手記「ヒトラーの贋金 悪魔の工房」やそれらを基に制作されたオーストリア映画 「The Counterfeiters」(邦題「ヒトラーの贋金」)にその様子が描かれました。

アドルフ・ブルガー氏はスロバキア生まれのユダヤ系の人物で、その印刷の技術から第二次世界大戦下のポーランドにおいて、ユダヤ人のための偽造のカトリック洗礼証明書を制作していた、いわばその道の専門家でした。

彼は親衛隊によって捕縛されると、アウシュヴィッツの強制収容所に送られ、そこで妻は処刑されたものの、自身は先の印刷技術を利用したいナチスに生かされ、ザクセン・ハウゼン強制収容所で偽札の製造に従事させられました。

湖に隠された証拠

「ベルンハルト作戦」の証拠は、1959年にドイツの雑誌・シュテルンがオーストリアのトプリッツ湖で発見しました。湖の調査を行うためダイバーを潜らせた際に、イギリスのポンド紙幣の偽札やその作成に用いられた印刷機などが収められた9つの木箱を見つけたのです。

後にこれらトプリッツ湖の底から見つかったものこそ、第二次世界大戦中にナチス・ドイツが極秘に行った「ベルンハルト作戦」を隠蔽しようと、ベルリン郊外のザクセン・ハウゼン強制収容所から遠くオーストリアの湖まで運ばれて沈められたものだということが判明しました。

スーパーノート

現在でも国家が関与した偽札は存在しています。通称「スーパーノート」と呼ばれている朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が製造したとされる、100アメリカドル紙幣の偽札がそれです。

アメリカは1989年にフィリピンにおいて北朝鮮の高官に関連した物品の中からスーパーノートを発見したとされており、これまでに回収されたものだけで合計総額は4900万ドル(約57億円)に達すると言われています。

因みに、ナチス・ドイツは技術的な問題からアメリカドル紙幣の偽猿製造には成功しなかったとされており、その意味では北朝鮮の技術は高いと言えるかもしれません。

 

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。

swm459

投稿者の記事一覧

学生時代まではモデルガン蒐集に勤しんでいた、元ガンマニアです。
社会人になって「信長の野望」に嵌まり、すっかり戦国時代好きに。
野球はヤクルトを応援し、判官贔屓?を自称しています。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

草の実堂Audio で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. ある1人の死体が第二次世界大戦の勝敗を決めた!?【ミンスミート作…
  2. 【頑張って改革したのに5度の暗殺未遂】最後の爆弾で命を落としたロ…
  3. なぜ人々は死者を撮ったのか?19世紀欧米で流行した「死後写真」文…
  4. 『ガリヴァー旅行記』の裏にあった、もっと恐ろしい書物とは ~作者…
  5. イギリスの国旗の歴史について調べてみた
  6. 【不敗の変人元帥】アレクサンドル・スヴォーロフ 「30分以上じっ…
  7. 『ムッソリーニを撃った貴族の娘』ヴァイオレット・ギブソンはなぜ暗…
  8. ナチス・ドイツはなぜ軍国主義に走ったのか? ヒトラーが育てた「理…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

2019年の「ミュンヘン安全保障会議」を振り返る 〜米国vs中国・ロシア、分裂する欧米…

2019年2月15日から17日にかけ、ドイツ南部ミュンヘンで毎年恒例の「ミュンヘン安全保障会議」が開…

黒幕は北条時政?源頼朝を窮地に追い込んだ「曽我兄弟の仇討ち」事件【鎌倉殿の13人】

時は建久4年(1193年)5月28日、曽我十郎祐成(そが じゅうろうすけなり)と曽我五郎時致(ごろう…

若い頃はテロリストだった伊藤博文

テロに倒れた政治家 伊藤博文伊藤博文(いとうひろぶみ)は、初代内閣総理大臣として日本の歴…

『歴史のモザイクの街』奈良きたまちを散策してみた 〜観光客が見落としがちな名所を歩く

奈良公園周辺の観光名所といえば、興福寺・東大寺・春日大社がまず思い浮かぶでしょう。そして何度…

小田原征伐の激戦『八王子城合戦』悲劇の伝説 〜女性や子どもたちも身投げ

豊臣秀吉が天下統一のために行った関東攻め、いわゆる小田原征伐では、後北条氏に追随した多くの城…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP