小笠原諸島は、東京都から約1,000キロメートル南に位置する太平洋上の孤島群であり、父島、母島などを含むこの地域は、日本にとって重要な領土である。
同時に、国際的な地政学的戦略においても注目を集める存在である。
近年、中国が小笠原諸島を軍事的に重視する背景には、地理的特性、海洋覇権の追求、資源確保、そして安全保障上の戦略が複雑に絡み合っている。
小笠原諸島の地理的・戦略的重要性とは

画像 : 東京都小笠原村父島大村地区 wiki c Kansai-good
小笠原諸島は、太平洋における日本の最前線に位置し、中国が重視する「第一列島線」の外側に存在する。
第一列島線とは、中国沿岸から日本列島、台湾、フィリピンにかけて連なるラインのことであり、中国人民解放軍(PLA)は、太平洋への進出を図るうえでこのラインを戦略的な防衛線と位置づけている。

画像 : 左が第一列島線、右が第二列島線 public domain
小笠原諸島は、このラインのさらに東方に位置し、中国海軍が太平洋へ進出する際の「チョークポイント(戦略的要衝)」として機能する可能性がある。
この海域を通過する潜水艦や艦艇の動きを監視・制御することは、中国にとって西太平洋での影響力を拡大するうえで欠かせない要素である。
また、小笠原諸島は米国との軍事的な関係においても重要な役割を果たす。
近くに位置する硫黄島は、第二次世界大戦中に米軍の重要な軍事拠点であった。現在も硫黄島には日本の自衛隊および米軍の施設が存在し、米国の太平洋戦略における前哨基地として機能する。
中国が小笠原諸島を重視するのは、米軍のプレゼンスを牽制し、太平洋での軍事バランスを自国に有利に変える狙いがあると考えられる。
海洋覇権と「シーパワー」の追求
中国は、「海洋強国」を目指す政策を明確に打ち出し、海洋覇権の確立を国家戦略の中核に据えている。
小笠原諸島は、広大な排他的経済水域(EEZ)を有し、太平洋へのアクセスを確保する上で重要な海域である。

画像 : 日本の排他的経済水域の地図(2016年)CC BY 4.0
南シナ海や東シナ海での領有権問題が国際的な注目を集める中、小笠原諸島周辺の海域は、中国海軍が遠洋展開を行うための訓練場や航路として、高い利用価値を持つ。
さらに、小笠原諸島周辺は、国際海底ケーブルが集中するエリアである。
これらのケーブルは、インターネットや通信の基盤を支える重要なインフラであり、軍事・経済の両面で戦略的価値が高い。
中国は、こうしたインフラの監視や潜在的な妨害能力を確保することで、情報戦やサイバー戦の優位性を追求する可能性がある。
資源確保とエネルギー安全保障
小笠原諸島周辺の海域は、豊富な海洋資源を有する。
漁業資源に加え、深海底にはレアアースやメタンハイドレートなどのエネルギー資源が存在する可能性が指摘される。
中国は、国内の資源需要が急増する中、海洋資源の確保を国家戦略の一環として重視している。
小笠原諸島のEEZは、これらの資源へのアクセスを可能にする重要なエリアである。
また、小笠原諸島は、中国にとってエネルギー輸送の要衝でもある。
太平洋を通るシーレーンは、中東やアフリカからの原油や天然ガスの輸送ルートとして不可欠だ。
中国海軍がこの海域でのプレゼンスを強化することは、エネルギー安全保障の観点からも合理的なのである。
安全保障と地域覇権の確立
中国は、米国や日本との軍事バランスを考慮し、小笠原諸島周辺での活動を活発化させている。
近年、中国海軍の艦艇や偵察機が小笠原諸島周辺で頻繁に確認されており、情報収集や示威行動の意図がうかがえる。
これらの活動は、日本や米国に対する牽制とともに、太平洋での軍事プレゼンスを拡大する狙いを持つ。
さらに、中国は「エリア・ディナイアル(A2/AD)」戦略を推進している。これは、敵対勢力の接近を阻止し、自国の影響圏を確保する戦略である。
小笠原諸島周辺での軍事活動は、A2/AD戦略の一環として、米軍や日本の自衛隊の活動を制限する効果を狙うものである。
国際法と領有権問題との関連

画像 : 中国海軍陸戦隊員(2016年リムパック)public domain
小笠原諸島は日本領であるが、中国は東シナ海や南シナ海での領有権問題と同様に、海洋権益の拡大を追求する。
小笠原諸島周辺のEEZや大陸棚の境界画定を巡る議論は、将来的に中国が関心を寄せる可能性がある。
国際海洋法に基づく権利主張や、海洋調査活動を通じて、中国は小笠原諸島周辺での影響力を高める意図を持つと考えられる。
このように中国が小笠原諸島を軍事的に重視する背景には、地理的・戦略的重要性、海洋覇権の追求、資源確保、安全保障戦略、そして国際法に基づく権益拡大の意図が複合的に絡み合う。
太平洋における中国の影響力拡大は、日本や米国との関係に大きな影響を及ぼす。
小笠原諸島は、この大国間の競争の最前線に位置する戦略的要衝であり、今後も注目すべき地域である。
日本としては、自衛隊や米軍との連携を強化し、国際社会と協力しながら、この地域の安定と安全を確保する必要があるだろう。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
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