2025年6月、イランとイスラエルの対立は空爆とミサイルの応酬という深刻な局面に突入し、両国間の軍事的緊張は極限に達している。
しかし、イランイスラム共和国の現政権にとって、最大の脅威は長年敵視してきたイスラエルではなく、国内に渦巻く国民、特に若者たちの不満である。
1979年のイスラム革命以来、厳格な宗教的統治を続ける政権だが、経済的困窮や自由への渇望から、若者を中心に反政府感情が高まっている。
この内なる不満が、政権の存続を脅かす最も深刻な危機となっている。
根強い経済的不満

画像 : ガソリン価格値上げに反発する市民(2022年9月、イラン全土での抗議デモ) CC BY-SA 4.0
イランの若者たちが抱える不満の中心は、経済的困窮だ。
長年にわたる欧米の経済制裁、原油依存経済の脆弱性、インフレ率の上昇、失業率の高さにより、多くの若者が安定した生活を築くことができない。
2025年現在、インフレ率は依然として高く、基本的な生活必需品の価格は急騰している。
特に若者の失業率は30%近くに達し、大学を卒業しても職に就けない者が多い。
この状況は、若者たちに将来への希望を失わせ、政権への不信感を増幅させている。
例えば、2019年にガソリン価格の高騰をきっかけに、全国規模の反政府デモが勃発した。
このデモは、単なる燃料価格への抗議を超え、政権全体への不満の爆発となった。政府はデモを強硬に鎮圧し、数百人以上が死亡、多数が逮捕されたと報じられている。
この事件は、経済的苦境がどれだけ国民の怒りを引き起こすかを示した。
自由への渇望と政府の統制
イランの若者たちは、経済的問題だけでなく、厳格な社会的統制にも強い不満を抱いている。
イスラム革命以来、政権は宗教的価値観に基づく厳しい法を課してきた。特に女性に対する服装規定や、インターネットの検閲、言論の自由の制限は、若者たちの反発を招いている。
ソーシャルメディアの普及により、若者は世界の自由な文化や価値観に触れ、国内の抑圧的な環境とのギャップを強く感じている。
2022年に起きたマフサ・アミニさんの事件は、この不満が爆発した象徴的な出来事だ。

画像 : イランの抗議運動に連帯するため、メルボルンで行われた2度目の大規模集会(2022年9月29日)Matt Hrkac(CC BY 2.0)
ヒジャブの着用ルール違反を理由に逮捕された22歳の女性が、警察の拘留中に死亡した。
この事件をきっかけに、「女性、人生、自由」をスローガンに掲げた大規模な反政府デモが全国に広がった。
特に若い女性たちが中心となり、ヒジャブを脱ぎ捨てたり、髪を切ったりする姿は、政権への強い抵抗の象徴となった。
政府は再び暴力的な鎮圧を行い、数千人が逮捕され、数百人が死亡したとされる。
この事件は、若者たちが単に経済的改善だけでなく、自由と尊厳を求めていることを浮き彫りにした。
イスラエル敵視の政治的戦略

画像 : 女性が殺害されたことによる抗議デモ(マフサ・アミニ抗議運動)CC BY-SA 4.0
イラン政権は、こうした国内の不満をそらすため、イスラエルを最大の敵として強く敵視する戦略を取ってきた。
イスラエルとの対立を強調することで、国民の注意を外部の脅威に向け、内部の不満を抑え込もうとしているのだ。
イランはレバノンのヒズボラやパレスチナのハマスなど、反イスラエル勢力を支援し、イスラエルに対する強硬姿勢を国内向けにアピールする。これにより、国民の団結を促し、政権批判を和らげる狙いがある。
しかし、この戦略は限界に達しつつある。若者たちの間では、イスラエルとの対立よりも、国内の生活改善や自由の拡大が優先事項となっている。
ソーシャルメディア上では、「イスラエルを攻撃する資金があるなら、国内の貧困を解決してほしい」といった声が散見される。
政権が外部の敵を強調するほど、若者たちの不満はむしろ深まる傾向にある。
政権のジレンマと今後の展望
イラン現政権は、国内の不満を抑え込むために、強権的な統治とプロパガンダに頼ってきた。
しかし、若者たちの教育水準が上がり、情報へのアクセスが増える中、こうした手法は効果を失いつつある。
特に、インターネットを通じた情報共有や国際社会との繋がりは、若者たちの意識をさらに高め、政権への抵抗を組織化しやすくしている。
一方で、政権は改革を進めることにも慎重だ。
自由化を進めれば、宗教的基盤を失い、政権の正統性が揺らぐ恐れがある。
経済改革も、既得権を持つ革命防衛隊や宗教指導者層の利害と衝突する可能性が高い。
このジレンマの中で、政権は若者たちの不満を抑え込むための新たな方法を見出せていない。
イラン現政権にとって、イスラエルは確かに地政学的な脅威だが、国内の若者たちの不満こそが、政権の存続を直接脅かす最大の要因である。
経済的困窮と自由への渇望が結びつき、反政府運動が繰り返し発生している。
イスラエルを敵視するプロパガンダは一時的に国民の目をそらすかもしれないが、根本的な問題解決にはつながらない。
イラン政権がこの内なる危機にどう対処するかは、今後の体制の安定を左右するだろう。
若者たちの声は、単なる不満を超え、国の未来を形作る力となりつつある。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
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