国際情勢

『イスラエルがカタールを空爆』なぜサウジアラビアはイスラエルを非難しないのか?

画像 : 2025年9月9日、イスラエル軍によるカタール・ドーハ空爆の直後の様子 CC BY 4.0

2025年9月9日、イスラエル軍がカタールの首都ドーハを空爆した。

標的は、ハマスの政治指導者が停戦交渉のため滞在していた政府施設で、攻撃によりハマスメンバー5名とカタール治安要員1名が死亡、民間人にも負傷者が出た。

イスラエル国防軍(IDF)は「ガザ戦争の脅威除去」を理由に挙げるが、成功は限定的だったとされる。
カタールは「国家テロ」と非難し、国連安保理に提訴。米国は事後通告を試みたが、遅すぎた。

この空爆は、中東の複雑な力学を浮き彫りにする。

カタールは米国やイスラエルと非公式な協力関係を維持してきたが、攻撃はサウジアラビア上空を通過するミサイルで行われた。

なぜ、サウジアラビアや他の湾岸諸国は、イスラエルを強く非難しないのか。

その背景には、経済的利害と地政学的計算が存在する。

アブラハム合意と経済の結びつき

画像 : (左から)バーレーンのザイヤーニ外相、イスラエルのネタニヤフ首相、アメリカのトランプ大統領、アラブ首長国連邦のアブドッラー外相 public domain

サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は、イスラエルの行動に対し強い非難を避けている。

サウジ外務省は「遺憾」と表明したが、具体的な対抗措置は示さなかった。

この抑制の理由は、2020年のアブラハム合意にある。

UAEやバーレーンはイスラエルと国交を正常化し、サウジアラビアも非公式に安全保障や経済協力を進める。

イスラエルはイラン対抗の戦略的パートナーであり、湾岸諸国の安全保障に不可欠だ。
サウジのビジョン2030は、イスラエルの技術や投資に依存。
UAEはAIやサイバーセキュリティ分野でイスラエル企業と提携を深めており、関係悪化は経済的損失を意味する。

カタール攻撃後、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子はドーハを訪問し連帯を示したが、これはイスラエルとの関係を維持しつつ、地域の均衡を保つための外交的ジェスチャーだ。

湾岸諸国は、イスラエルを「必要悪」と見なし、パレスチナ問題を切り離して自国の利益を優先する。

地政学とパワーバランスの駆け引き

画像 : イスラエルのネタニヤフ首相 CC BY-SA 3.0

中東の地政学的力学もまた、湾岸諸国が強硬な非難を控える理由を説明する。

カタールは長年、ハマスやムスリム同胞団に資金的・政治的支援を行い、サウジアラビアやUAEと対立してきた。
今回のドーハ空爆は、こうしたカタールの影響力を削ぐ効果を持ち、湾岸諸国の一部は内心これを歓迎、少なくとも黙認する余地がある。

一方で、サウジとUAEにとって最大の脅威は依然としてイランであり、その代理勢力であるフーシ派やヒズボラの活動を抑止するには米国とイスラエルの軍事力が欠かせない。

今回の攻撃は、こうしたイラン系武装勢力に向けた間接的な警告とも解釈でき、湾岸諸国は表向きの非難を超えた行動を控える。

また、米国の中東政策への依存も大きい。
トランプ政権は和平仲介を試みるが、イスラエルへの影響力は限定的だ。湾岸諸国は、米国の後ろ盾を失うリスクを冒さず、イスラエルとの関係を維持する。

カタールは孤立を避けるため、報復よりも外交的解決を模索するだろう。
この事件は、中東の複雑な同盟と対立が絡み合う現実を露呈したといえよう。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

アバター画像

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 世界を揺るがす「経済の武器化」 とは?制裁と資源の見えない戦争
  2. 『トランプ政権』在韓米軍4500人撤収検討か?〜朝鮮戦争再来のリ…
  3. 中国人は「反日」から「反習近平」へ?顕在化しつつある“内なる怒り…
  4. なぜ反日急先鋒だった韓国・李在明大統領は「親日」に転じたのか?
  5. 2022年 北京冬季五輪における「外交ボイコット論」を振り返る …
  6. 『李在明×トランプの相性は?』実利でつながる米韓同盟、その裏に潜…
  7. 日本国内で活動する「中国人スパイ」の最近の実態とは
  8. 『静かな侵略が日本に迫る』尖閣を狙う中国の「サラミ戦術」とは

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

キスカ島の奇跡について調べてみた

1942年6月、大日本帝国海軍はアラスカ半島に近いアリューシャン列島のアッツ島とキスカ島を攻略し、こ…

イメージとは少し違う? 宮本武蔵の真の姿とは

宮本武蔵は、江戸時代初期に活躍した剣豪として広く知られる存在である。しかし、彼に関する史料は…

【2024年にAIが達成?】 恐ろしい3つのブレイクスルーとは 「殺人ロボット、ディープフェイク、汎用人工知能」

人工知能(AI)の進歩は目覚ましく、私たちの生活や社会に大きな影響を与えつつあることは、すでにご存知…

蝙蝠(こうもり)のように飛び回った剣豪・松林蝙也斎

松林蝙也斎とは松林蝙也斎(まつばやし へんやさい)は、徳川幕府第三代将軍・徳川家光の前で…

【クレオパトラの海底神殿発見】アレクサンドリアの探査が注目されている

エジプト第二の都市、『アレクサンドリア』。マケドニアの王、アレキサンダーによってこの街が建設…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP