国際情勢

なぜイランはイスラエルとの全面戦争を避け続けるのか?3つの理由

イランとイスラエルの対立は、長らく中東情勢の不安定要因となってきた。

代理勢力を介した衝突が主であったが、近年は直接攻撃の応酬に発展する場面も見られる。

しかしそれでも、イランは全面戦争には踏み込まず、抑制的な姿勢を基本的に維持している。

その背景には、大きく3つの要因がある。

1. 軍事力の格差

画像 : イスラエルの攻撃によって破壊されたイラン首都・テヘランの建物。Tasnim News Agency / CC BY 4.0

イランがイスラエルに対して抑制的な姿勢を維持する理由の一つは、軍事力と軍事技術の明白な格差である。

イスラエルは、中東地域でも有数の軍事大国であり、先進的な兵器システムや情報収集能力を有している。
特に、イスラエルの空軍力やミサイル防衛システムは、イランの軍事力に対して優位性を持つ。

イランは、自国の軍事能力がイスラエルに及ばないことを十分に認識しており、全面的な軍事衝突が自国に壊滅的な打撃をもたらす可能性を理解している。

さらに、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の強硬な姿勢も、イランの慎重な対応を後押ししている。

ネタニヤフ政権は、過去にイラン関連の標的への攻撃を繰り返し実行しており、イランが攻撃をエスカレートさせた場合、さらなる報復が迅速に行われる蓋然性が高い。

イランはこうしたリスクを避けるため、直接的な軍事衝突を控え、代理勢力や限定的な攻撃を通じて対応する戦略を選んでいる。

これは、軍事的な劣勢を補うための現実的な判断である。

2. 国際社会でのイメージ戦略

画像 : イスラエルのネタニヤフ首相 CC BY-SA 3.0

イランの抑制的な対応には、国際社会におけるイメージ戦略の側面もある。

イランは、イスラエルを「侵略者」や「地域の不安定要因」として描くことで、国際的な支持を集めようとしている。

特に、中東やグローバルサウスの国々に対して、イスラエルが一方的に攻撃を仕掛ける「悪役」であるとの印象を植え付ける狙いがある。

イランが過度に攻撃的な行動に出れば、逆に自らが非難の対象となり、国際的な孤立を招く恐れもあるだろう。

このため、イランは「戦略的忍耐」を選択し、イスラエルに対する直接的な軍事行動を最小限に抑えている。

たとえば、イスラエルによるイラン関連施設への攻撃に対し、イランは報復を宣言しつつも、その規模やタイミングを慎重に調整する。

こうした対応は、国際社会に対して自制心ある国家としての姿勢を示しつつ、イスラエルの行動を非難する余地を残すための計算された戦略である。

3. 国内経済と国民の不満への懸念

画像 : イラン最高指導者ハメネイ氏 CC BY 4.0

イランの抑制的な対応の背景には、国内の経済状況と国民の不満を抑える必要性もある。

イランは、長年にわたる国際的な経済制裁や国内の経済運営の失敗により、深刻な経済危機に直面している。
インフレ率の高騰や失業率の上昇、物価の高騰は、国民の生活を圧迫しており、政府への不満が高まりやすい状況にある。

もし、イランがイスラエルとの軍事的な応酬をエスカレートさせ、さらなる経済的打撃を受ければ、国民の不満が一気に政府に向けられるリスクがある。

特に、軍事衝突が長期化した場合、国際社会からの追加制裁やエネルギー市場の混乱により、イランの経済はさらに悪化する可能性が高い。

イラン政府は、こうした事態が国内の不安定化を招き、政権の存続に影響を及ぼすことを強く警戒している。

このため、イスラエルに対する行動は、国民の不満を最小限に抑えつつ、政権の安定を維持する範囲内に限定されている。

戦略的忍耐の意義

このように、イランの対イスラエル政策は「軍事力の格差、国際的なイメージ戦略、国内の経済状況」という3つの要因が絡み合った結果として、抑制的なものとなっている。

イランは、イスラエルとの直接対決を避けつつ、代理勢力や非対称戦術を通じて影響力を維持する道を選んでいる。
この「戦略的忍耐」は、短期的な損失を甘受しつつ、長期的な地政学的目標を追求するための現実的な選択である。

イランは、イスラエルの軍事行動に対して限定的な報復を行い、国際社会での支持を確保しつつ、国内の安定を優先する。
このバランスの取り方が、イランの対イスラエル政策の核心にある。

イスラエルとの緊張が続く中、イランは引き続きこの抑制的なアプローチを維持し、機会を待ちながら自国の立場を強化していくであろう。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

アバター画像

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

    • 名無しさん
    • 2025年 10月 04日 3:11am

    イスラエルは、自分達がユダヤである事を忘れている。迫害の恐怖を忘れている。

    0 0
    50%
    50%
  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 【第2次世界大戦後】日本の分割統治計画がなくなった理由とは?
  2. 『悪化する日中関係』経済的報復に警戒!「台湾有事」と「存立危機事…
  3. 『日本産牛肉』24年ぶりに中国輸出再開へ 〜中国側の狙いとは?
  4. 『台湾で何が起きているのか』義務兵役復活、市民が銃を学ぶ、避難用…
  5. トランプ大統領こそが世界最大の地政学リスク? 〜高関税 中国34…
  6. 今後10年で、中国の軍事力はアメリカを追い抜くのか?
  7. 世界を揺るがす「経済の武器化」 とは?制裁と資源の見えない戦争
  8. 『ホンダの中国・広州EV工場新設』背後に潜む「地政学リスク」の火…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

ビジネスホテルのお得な選び方

ビジネスホテル とは?(出典URL http://www.ashinari.com/20…

秀吉の天下を10年前に予測していた・安国寺恵瓊 【毛利輝元を担ぎ上げた罪で斬首された僧侶】

関ケ原に敗れた 安国寺恵瓊安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)は、慶長5年(1600年)の関…

関ヶ原敗戦後も断絶を免れた毛利家、その鍵を握った『両川体制』とは?

毛利元就が築き上げた中国地方の覇者・毛利家。その後、孫の輝元は「関ヶ原の戦い」で西軍の総大将…

中国の貧富の差について調べてみた 「近代の中国経済発展」

「中国の経済低迷」近年、急速に経済成長を遂げている中国。中国は中華人民共和国という名前で国家が成…

【米軍の残飯シチューに大行列】 闇市(ヤミ市)とは

第二次世界大戦の敗戦後、非公式のルートから入手したものなどを売買していたという 闇市(やみいち)。…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP