2025年12月末から2026年1月にかけて、イラン全土が激しい動乱の渦に飲み込まれている。
各地で発生した反政府デモは、これまでの抗議活動をはるかに凌駕する規模に達し、政権の基盤を激しく揺さぶっている。
世界が固唾を飲んで見守る中、なぜイランの人々は再び、そしてこれほどまでに命を懸けた抵抗に踏み切ったのか。
その背景には、単なる物価高騰に留まらない、積年の絶望と国家の構造的矛盾が横たわっている。

画像 : 2026年1月8日、テヘラン市内で行われた反政府抗議活動の様子 Standardwhale CC0
経済の崩壊と生存への渇望
今回のデモの直接的な火種となったのは、通貨リアルの記録的な暴落と、それに伴う深刻なインフレである。
2025年後半から続く経済の自由落下は、2026年1月に入り、国民の日常生活を根底から破壊した。
食料品や燃料価格は急騰し、中間層までもが貧困ライン以下へと転落している。

画像 : 2016年以降のイランの年間インフレ率推移 Iran inflation CC0
長年にわたる国際的孤立と経済制裁、そして政府による資源の不透明な分配が、国民の忍耐を限界まで押し上げた。
かつては「生活改善」を求めていた声は、今や「体制そのものの刷新」を求める怒号へと変わった。
人々にとって、この抗議活動は政治的な意思表示である以上に、今日を生き抜くための「生存への渇望」そのものなのである。
多民族国家の軋みと地方の不満
イランを語る上で見落としてはならないのが、同国が多様な民族によって構成される「多民族国家」であるという点だ。
ペルシャ人が約6割を占める一方で、アゼルバイジャン人、クルド人、バローチ人、アラブ人といった少数民族が国境付近を中心に居住している。
しかし、歴代の政権は中央集権的な統治を優先し、これら少数民族が住む地域の開発を後回しにしてきた。
特に南西部のフーゼスタン州(アラブ系)や東部のシスタン・バルチェスタン州(バローチ系)では、深刻な水不足やインフラの不備、失業率の高止まりが常態化している。
今回のデモが地方都市や国境付近から火がつき、一気に全土へ波及した理由は、こうした長年にわたる民族的・地域的な差別に対する憤怒が爆発したためである。
彼らにとって政府は、富を吸い上げるだけのアパルトヘイト的な存在に映っている。

画像 : 抗議活動が報告されたイラン各都市の分布図 Ecrusized CC BY-SA 3.0
自由への渇望と政府の統制
デモの激化に対し、イラン政府は今回も「鉄の拳」による統制で応じた。
インターネットの全面的な遮断、治安部隊による実弾を用いた鎮圧、そして2万人を超えるとされる大規模な拘束。
国際報道によれば、反政府デモに伴う死者は当局発表で少なくとも5千人に達したとされ、人権団体も数千人規模の死亡を確認している。
しかし、2022年の「女性・生命・自由」運動を経験した若者たちは、もはや政府の脅しに屈することはない。
監視カメラによる市民の特定や、厳格な宗教規範の押し付けといった「政府の統制」が強まれば強まるほど、皮肉にも人々の「自由への渇望」はより純粋で、強固なものへと昇華されている。
街頭に立つ若者たちは、SNSを駆使して世界に惨状を訴え、デジタル空間と現実の両面で権力と対峙している。
自由な情報の行き来を封じる政府の壁は、いまや市民の知恵と勇気によって突き崩されようとしている。
終わりの始まりと未来への渇望

画像 : イラン最高指導者ハメネイ氏 CC BY 4.0
2026年1月のデモは、イランという国家が抱える「経済崩壊」「民族分断」「抑圧的統治」という3つの要因が同時に溢れ出した結果である。
政府がどれほど武力で街頭を沈静化させたとしても、人々の心に宿った「変革」への意志を消し去ることはできない。
多民族が共生し、若者が才能を開花させ、正当な経済活動が保障される「普通の国」へ。
イランの人々が描く未来への渇望は、冷徹な統制を上回り、新しい歴史の1ページを刻もうとしている。
この動乱が、単なる暴動として終わるのか、それとも中東の地図を書き換える革命となるのか。
その答えは、今この瞬間も街頭で叫び続ける人々の手の中に握られている。
参考 : Reuters, Iranian official says verified deaths in Iran protests reaches at least 5,000 他
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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