江戸時代、徳川幕府から公認された唯一の風俗街として発展していた吉原遊廓。
三千人とも言われる遊女(公娼)を抱え、江戸を訪れる人々の需要に応えていましたが、吉原だけですべて満たせるはずはありません。
そこで非公認の遊女屋(私娼)を集めた岡場所(おかばしょ)が開かれ、吉原遊廓の経営を脅かす商売仇となっていきました。
時おり当局による警動(けいどう。取り締まり・摘発)が行われたものの、必要悪とばかり半ば黙認されていったようです。
今回はそんな岡場所がどんな様子だったのか、紹介していきましょう。
岡場所の語源とは
岡場所というと、岡のように小高い場所で開かれていたと思われるかもしれませんが、そういうわけではありません。
ことわざに岡目八目(おかめはちもく。傍目八目)という通り、岡には傍(はた、かたわら)や他、脇という意味があります。
※傍目八目:囲碁を打っている当事者は熱くなっているから先が読めないが、傍から見ている者は冷静だから八目(8手)先まで読める。つまり「傍からであれば何とでも言える」という意味です。
つまり、天下御免の吉原遊廓から見て傍にある、公認されていない他の場所。そんな意味だったのでしょう。
岡場所の魅力とは
岡場所は非公認であることから、吉原遊廓とは違った自由な魅力があったようです。
天下御免と言えば聞こえはよいですが、吉原遊廓は
① 料金が高い
② しきたりがめんどくさい
③ 肝心の行為には中々たどり着けない
……と、これでは何のために行ったのか分かりません。
※吉原の遊女と結ぶ関係は擬似的な結婚とも言われるため、見合いや結納を模した堅苦しい作法が多くあったと伝わります。
また
④ 一度馴染みになると浮気厳禁
……もうやってられない、と思われる方も少なくないのではないでしょうか。
そこへ来ると岡場所は自由です。
料金設定だって良心的とは言えないもののピンキリですし、特に堅苦しい作法やしきたりもなく、自由に遊んで目的を果たせます。
よほどの不始末をしでかさなければ好きに楽しめるのが岡場所の魅力と言えるでしょう。
岡場所の怖さとは
しかし、岡場所は楽しいばかりではありません。
安く気楽に遊べる反面、岡場所には非公認ならではの怖さもありました。
まずはこの手の場所につきものの性病。
天下御免の(≒行政当局がある程度は管理している)吉原遊廓でさえ梅毒などの性病があったのですから、非公認の岡場所では野放し状態だったことでしょう。
また営業ルールなど無きに等しく、いわゆるぶったくりなどほとんど美人局じゃないかと疑わしい遊女屋も少なくなかったはずです。
この辺りはいちいち記録などされていないため、推測の域を出ないものの、現代の風俗産業を見る限り、かなりブラックであったことは想像に難くありません。
もちろん遊女たちの労働&生活環境についても同じことで、いっそ警動してくれとさえ願う遊女もいたのではないでしょうか。
岡場所の怖さは、まさに非公認ゆえの自由と表裏一体であったと言えそうです。
岡場所の歴史とは
よく遊女(娼婦)は、世界で最も歴史と伝統ある職業と言われますが、岡場所の歴史は吉原遊廓とともに始まりました。
※そりゃ吉原遊廓「以外の」遊女屋、またはその集まりを指すのだから当然ですね。
岡場所は寺社の門前町や宿場など、人の集まるところに発生し、宝暦年間(1751~1764年)から天明年間(1781~1789年)にかけて最盛期を迎えました。
当時の人々が現代的に表現するなら「(千七百)50年代から80年代にかけて発展した」または「18世紀半ばから後半にかけて発展した」などと言ったところでしょう。
やがて老中(政権)が田沼意次から松平定信に代わり、後世に伝わる「寛政の改革」が始まると規制が強化。次第に勢いを失っていきます。
そして水野忠邦がいわゆる「天保の改革」を推進。改革の一環として綱紀粛正が図られ、岡場所は徹底的に規制・弾圧されました。
天保13年(1843年)には江戸四宿(品川・内藤新宿・板橋・千住)を除き、すべての岡場所が根絶されたと言われています。
もちろんこれは江戸近郊の話であり、すべての遊女屋が根絶されたわけではないでしょう。
地方にはそれらしい場所があちこちに生き残り、人々の需要に応え続けたであろうことは言うまでもありません。
そうした意味で岡場所は(何なら現代まで)続いたとも言えますが、一般的には天保の改革(1830~1840年代)をもって廃絶されたと言えるでしょう。
終わりに
今回は吉原遊廓の商売仇?となっていた岡場所について紹介してきました。
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では、悪印象に描かれていましたが、彼らもまた生きるために必死だったはずです。
天下御免の吉原遊廓に比べると謎の多い岡場所ですが、何か面白いエピソードなど見つけたら、また紹介したいと思います。
※参考文献:
・渡辺憲司『江戸の岡場所ー非合法<隠売女>の世界』星海社新書、2023年3月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部
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