桜のつぼみがふくらみ、ほころびてから満開を迎えるまでは、いつもあっという間に感じられるものです。
やがて花びらが風に運ばれて舞い散る時期になると、どこか寂しさを覚えますが、「散りゆく季節ならではの美しい風景」もまた楽しむことができるのです。
それは、春から初夏へと移り変わる季節だけ楽しめる「花筏(はないかだ)」と呼ばれるもので、満開になり散った花びらが川面を埋め、淡いピンク色に染め上げて静かに流れていく風景を指します。
花筏は昔からありましたが、近年は各地の花筏を写真に撮りSNSにあげる人が増え、今まで知らなかったという人から注目されるようになりました。
ひとくちに花筏と言っても、流れを堰き止めて見事な花びらの絨毯を演出したものから、清流にのって自然に流れていくものまで、趣もいろいろ。
4月も中旬になり桜前線は北のほうへ移動中ですが、この時期ならではの「花筏」を楽しんではいかがでしょうか。

画像:花筏ができた石神井川 撮影/桃配伝子
川面に浮かぶ桜の花びらを「筏」に例える
まるで川面に舞う桜の夢とでも言いたくなるような「花筏」。
誰がそう名付けたかは定かではないのですが、川や湖などの水面に落ちた桜の花びらを「筏(いかだ)」に例えたといわれています。
また、ひとつひとつは小さな花びらでも、それらがさざ波のように寄り集まり、川面をゆるやかに流れていく様子が、まるで「桜でできた筏」のように見えることから、そう呼ばれるようになったという説もあります。
いずれにしても、とても風流な言葉です。
それとは別に「ハナイカダ」という5月〜6月ごろにかけて咲く花もあります。
モチノキ目ハナイカダ科ハナイカダ属に属する落葉低木で、北海道南部以南の森林に自生する植物です。
この「ハナイカダ」の名前も桜の「花筏」と同じで、葉っぱの中央に小さな花を付ける様子が、まるで筏の上に乗っている船頭のように見えるところから、そう名付けられたとのこと。
この「ハナイカダ」は、その変わった外見からいくつか別名があります。
イカダソウ、ママッコナ、イボナ、他いろいろあるのですが、ちょっと変わっているのは「ヨメノナミダ(嫁の涙)」です。
これは、葉の上にぽつんと乗った丸い実が、まるで「嫁いだ家で悲しい思いをした嫁が、人知れず流した涙が葉の上に落ちたように見える」ことや、「葉に実のなる木を探してくるよう命じられた嫁が、一晩中探しても見つけられず、思わずこぼした涙が葉に落ちた」といった言い伝えに由来しているそうです。

画像:ハナイカダ wiki Sphl
花筏が流れ着く先にあるのは美しい「極楽浄土」
川面を流れる淡いピンク色の「花筏」の由来には、こんな説もあります。
川面を流れる淡いピンク色の「花筏」という言葉には、こんな由来があるともいわれています。
昔、「骨壷を川に流す」という風習があったとされており、その際、骨壷を紐で筏にくくりつけて流し、紐が早くほどけて骨壷が流されていくと、亡くなった人が早く極楽浄土へ行けると信じられていたそうです。
その筏には花が添えられており、紐や筏とともに流れていく様子が、まるで桜の花びらが川面を漂う「花筏」のように見えたことから、この名がついたのではないかという説があります。

画像:花筏(弘前城 弘前公園)photo-ac ii_tomoaki
「骨壷を筏に乗せて川に流す風習があった」ということについては、「◯年の◯◯の地域で、実際に行われていた」という明確な文献などはないようです。
けれども、川面を静かに流れていく桜の花びらの姿は、晩春にしか見られない極楽浄土のように美しい風景なので、もしかしたら眺めているうちに誰かが「この桜の流れ行く先はきっと……」と想像したのかもしれません。

画像:花筏ができた石神井川に降り立った鴨 撮影/桃配伝子
「花筏」を眺めて詠んだ句も
ちなみに、永正15年(1518)に成立した小歌の歌謡「閑吟集(かんぎんしゅう)」(ある桑門(世捨て人)によってまとめられた歌謡集)に、このような一首があります。
吉野川の花筏 浮かれて焦がれ 候よの
吉野川は桜の名所として有名な奈良県吉野郡を流れる川です。
「吉野川に晩春、風に吹かれて集まった桜の花びらが集まった花筏が、浮き沈みして流れていくように、私の心も浮き沈みして焦がれている」
……というような意味合いでしょうか。

画像「吉野山の桜(ヤマザクラ)の開花」wikic Tawashi2006
亡くなった人が極楽浄土に早くたどり着けるように、という願いよりも、どちらかといえば、花筏にたとえた恋の歌のようにも感じられます。
また、白河上皇の側近で蹴鞠の達人といわれた藤原成通(ふじわらのなりみち)という人物は、歌人としても優れていて、白河上皇の院宣により編纂された第五勅撰和歌集「金葉和歌集」に、このような句を残しています。
水の面(おも)に 散りつむ花を見る折ぞ はじめて風はうれしかりける
花を散らす風は憎いものではあるが、川面に散り積もる桜の花を見ると、風が嬉しいものだと思う……
というような意味合いでしょうか。これも花筏を眺めながら詠んだ句だと考えられます。

画像:白河上皇 public-domain
昔から、桜のピンク色のつぼみが膨らんでくると「いつ咲くのだろう」と胸を膨らませ、満開になると上を仰いで花を愛で、散る時は桜吹雪が舞い散る様を眺めつつ別れを惜しみ、川面に積もる花筏をみてさまざまな想いを抱く……
そんな、桜を愛する人の気持ちは、古今東西悠久の時が流れても変わらないのでしょう。
さまざまな和菓子専門店でも「花筏」と名付けた、創意工夫をこらした見目麗しい菓子が登場しています。

画像:流れいく桜を閉じ込めたような道明寺ようかん photo-ac とめりんご
各店、川面を流れる桜の絨毯をさまざまな手法で表現しているので、この季節は花見の後に買って帰りたくなります。
「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」に選ばれた弘前公園

画像:弘前城 wiki Angaurits
「花筏」の風景が有名な場所をご紹介しましょう。
青森県の弘前公園外濠では、桜の花びらが水面にびっしりと積もり、「桜の絨毯」とも呼ばれる見事な花筏の風景が広がります。
「死ぬまでに行きたい!世界の絶景」にも選ばれたことがあり、大きな話題となりました。
見頃はその年の気温や天候によって前後しますが、例年では4月下旬ごろが最も美しい時期とされています。

画像:「弘前公園外濠の花筏」photo-ac りりここ
また、京都の哲学の道の水路・東京の千鳥ヶ淵・目黒川・石神井川・神田川ほか、各地で美しい花筏が見られます。
お城のお堀、街中を流れる川、野山を流れる川など、さまざまな表情を持つ水の流れと桜の花のコラボレーション。
いろいろな表情の花筏はSNSで検索すると、眺めることもできます。
近くに花筏に出会えそうな川があったら、静かに旅をする桜の舟旅を見送りに、足を運んでみてはいかがでしょう。

画像:桜の花びらと陽光の煌めき(石神井川)撮影/桃配伝子
参考:金葉和歌集・閑吟集
文 写真 / 桃配伝子 校正 / 草の実堂編集部
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