恐竜

『アジアのティラノサウルス?』タルボサウルスとは ~恐竜界を揺るがせた命名論争

恐竜の王といえばT-REXことティラノサウルス・レックスが有名だが、T-REXと瓜二つのそっくりな外見で、白亜紀後期のアジアを支配した恐竜がいた。

今回は、アジアのティラノサウルスとして一躍有名になったタルボサウルスを紹介する。

新種のティラノサウルス発見?

画像 : T-REX 著者撮影

1947年、恐竜化石の宝庫として知られるゴビ砂漠で、大型の獣脚類の化石が発見された。

これを皮切りに、同地域では次々と化石が発掘され、一種の“大当たり”とも言える状況となった。

1955年、ソ連の古生物学者エフゲニー・マレーエフは、これらの化石に対して以下のような学名を与えた。

ティラノサウルス・バタール
タルボサウルス・エフレモヴィ
ゴルゴサウルス・ランキナトル
ゴルゴサウルス・ノヴォジロヴィ

中でも「ティラノサウルス・バタール」の「バタール(bataar)」という名は、モンゴル語で「英雄」を意味する単語にちなんだものだったが、実際の正しいスペルは「baatar」であり、命名時の綴りミスがそのまま正式名称として定着してしまった。

この小さな誤記は、後世に残るちょっとした逸話となっている。

タルボサウルス改名騒動

画像 : デイノケイルスを襲う二頭のタルボサウルス wiki c ABelov2014

かつてアジアの大地で、複数の大型獣脚類が覇を競っていたと想像すると胸が高鳴るが、1965年、それらはすべて同一種であるという指摘がなされ、夢の競演に冷や水が注がれることとなった。

恐竜の命名において、複数の化石が後に同一種と判明し、後発の名前が無効となるのは珍しいことではない。
この場合、本来であれば最も早く命名された「ティラノサウルス・バタール」の名が優先され、他の名は消えるはずであった。

しかし、ティラノサウルスに酷似していたこの恐竜について、後の研究でティラノサウルスやゴルゴサウルスと異なる複数の特徴が認められたことから、独立種としての「タルボサウルス」が正式に認められる結果となった。

なお、この際に無効となった「ティラノサウルス」はアジアで発見された個体に限られたものであり、北米のT-REXを指す「ティラノサウルス・レックス」の命名が脅かされたわけではないため、大きな混乱には至らなかった。

こうして「タルボサウルス・バタール」は新種として確立されたものの、一部の研究者の間では今なお「これはティラノサウルスの一種にすぎない」とする見解も残っている。

命名の座を完全に揺るがす可能性は低いとはいえ、タルボサウルスとティラノサウルスを同一視する議論は現在も続いているのである。

T-REXとタルボサウルスの違いは?

画像 : タルボサウルス 著者撮影

アジア最強という看板よりも、T-REXにそっくりな外見や、度々の改名騒動で有名になったタルボサウルスだが、具体的なT-REXとの違いは何なのだろうか。

専門家がまず指摘するのは腕で、ティラノサウルス科特有の短い腕が、タルボサウルスは更に短い。

また、頭骨の幅がタルボサウルスの方が狭く、長さも短い(要は頭部も小さい)ため、サイズ的にタルボサウルスの方が小さかったのはほぼ間違いない。

画像 : 2019年の岡山シティミュージアム「世界大恐竜展」のタルボサウルス wiki © ノボホショコロトソ

腕の長さはさておき、注目すべきは頭骨の幅がもたらす視覚への影響である。

頭骨の幅が狭い場合、両眼の位置は頭部の側面寄りとなり、視線は左右に開くことになる。これは、目が前方に配置され、重なり合った視野によって立体視が可能だったT-REXとは大きく異なる点である。

つまり、頭骨の構造によって、タルボサウルスとT-REXでは「見えていた世界」が根本的に違っていたと考えられるのである。

また、視力に関する脳神経も発達しておらず、その代わり嗅覚が発達していたので、タルボサウルスは視力に頼らず鋭い嗅覚を武器にしていたと考えられている。

その他の相違点としては、顎の構造にも注目すべき違いがある。

タルボサウルスの咬合力はT-REXには及ばず、約8トンとされるT-REXに対して、4トン以上と推定されている。
しかし、これはあくまで比較対象がT-REXという“怪物”であるために見劣りしているように見えるだけで、その実力は驚異的であることに変わりはない。

4トンを超える咬合力は、当時のアジアにおいて他の肉食恐竜を圧倒する水準であり、タルボサウルスのスペックはアジアの王者を名乗るには十分である。

画像 : タルボサウルス(A)とティラノサウルス(B)の頭骨の違いを示すダイアグラム wiki © Jørn H. Hurum and Karol Sabath

なお、これらの違いは専門家が研究に研究を重ねた努力の賜物である。

たとえ恐竜ファンでも、一般人が骨格やイラストだけを見てT-REXかタルボサウルスかを見分けるのはほぼ不可能である。腕が短い、頭骨の形状が違うといっても、それを即座に見分けるのは専門家でも難しいはずだ。

研究の結果「別種」という結論が出ている一方、現在でもタルボサウルスをT-REXと同一視する声があるのは前述の通りだが、これだけ似ているのだからタルボサウルスを「アジアのT-REX」というのも確かに頷ける。

T-REXはアジア発祥?

白亜紀後期の同時期に、アジアと北米を支配したタルボサウルスとT-REXだが、距離が離れたモンゴルとアメリカで、なぜ似たような恐竜が存在したのだろうか。

有力な説を挙げると、当時のユーラシア大陸とアメリカ大陸は地続きであり、恐竜は大陸を超えて移動する事が可能だったとされている。

また、T-REXとタルボサウルスが似ている理由だが、彼らが属するティラノサウルス科の祖先と言われる恐竜は、アジアで発見されている。

2024年8月の巨大恐竜展で対面したディロングが、その代表的な恐竜である。

画像 : ディロング 著者撮影

小型肉食恐竜のディロングから、直接大型肉食恐竜へと進化したわけではないが、アジアの獣脚類が白亜紀後期を支配したティラノサウルス科の祖先として重要な手掛かりとなっている。(分類を細分化すると、ディロングはティラノサウルス上科に属しており、ここからティラノサウルス科、更にはティラノサウルス亜科へと分岐している)

どの恐竜がアメリカに渡り(もしくはアジアに残り)T-REXやタルボサウルスに進化したのか。

今後数年で判明するほど簡単な話ではないが、自分たちの住むアジアから、恐竜の王者であるT-REXのルーツが発見される可能性があるのは大いに夢のある話である。

参考 :
『Australian Museum:Tarbosaurus bataar』
『You Say Tyrannosaurus, I Say Tarbosaurus』他
文 / mattyoukilis 校正 / 草の実堂編集部

アバター画像

mattyoukilis

投稿者の記事一覧

浦和レッズ、フィラデルフィア・イーグルス&フィリーズ、オレゴン州立大学、シラキュース大学を応援しているスポーツ好きな関羽ファンです。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 山東京伝に私淑した振鷺亭とは何者?その作品と生涯をたどる【べらぼ…
  2. 日本最古の天皇陵は160年前に決められた? たった7カ月で築かれ…
  3. 【秦の始皇帝の娘】発掘された墓が物語る「恐ろしすぎる事実」とは?…
  4. 平賀源内が遂げた非業の最期。その謎を解き明かす”煙草…
  5. 『少女たちの悲劇』明清時代の富豪たちの最高の楽しみ「揚州瘦馬」と…
  6. 【独裁者の素質】14の指標チェック 「あなたはいくつ当てはまる?…
  7. 東大寺と薬師寺を守護する神社は、なぜ「八幡宮」なのか?
  8. 【古代中国のハイテクノロジー】 秦の青銅剣の謎 「形状記憶されて…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

フランコ 〜スペインを30年以上独裁した軍人

30年以上の独裁フランシスコ・フランコは、スペインの軍人にして独裁者として30年以上の長…

心を癒す古道・街道「木曽路」を歩く ~江戸の雰囲気を伝える宿場5選

日本には、いまも昔の面影を色濃く残す古道や街道が残されています。道は人が歩くことによってでき…

白虎隊の真実について調べてみた【美談ではない】

慶応4年(1868年)8月23日、若松城を望む飯盛山において19名の若い命が散った。会津藩のため…

【アレクサンドロス大王の遺産】 若き王の遠征がもたらした 「ヘレニズム文化」とは

アレクサンドロス大王は、その卓越した軍事的才能と壮大な遠征により広大な領土を築き上げ、歴史にその名を…

【家康を追い詰めた日本一の兵】 真田幸村の足跡を尋ねてみた ~大阪の上町台地

NHK大河ドラマにより一躍有名になった「真田丸」は、大坂冬の陣で真田幸村(信繁)が築いた出城(砦)で…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(週間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP