11月26日、香港・新界地区の大埔(タイポー)にある高層住宅団地「宏福苑(Wang Fuk Court)」を襲った火災は、死者146名、負傷者79名を出し、なお100名近くが行方不明とされる、香港史上最悪級の大惨事となった。(※12月1日現在)
外壁改修工事中の足場から燃え広がった炎は、強風に煽られ、43時間以上燃え続けながら8棟中7棟を黒煙と炎で包み込んだ。
この悲劇は、単なる不運な事故として片付けることはできない。
世界有数の人口密度を誇り、摩天楼が林立する香港において、住宅事情と防災対策がいかに危ういバランスの上に成り立っているかを、残酷な形で露呈させたからだ。
今回は、香港市民が日々直面している「住」の現実と、そこに潜むリスクについて掘り下げる。

画像 : 2025年大埔団地火災で建物外壁を駆け上がる炎の柱 中国新闻社 CC BY 3.0
「鳥かご」と揶揄される過密居住空間の現実
香港の住宅価格は世界一高いことで知られる。
そのため、一般的な市民が住むアパートの部屋は極めて狭い。
日本でいうワンルームマンション(約20平米前後)に、家族3〜4人が暮らすことも珍しくない。
「ナノフラット」と呼ばれる超小型物件が増加しており、居住スペースは限界まで切り詰められている。
今回の火災現場となった宏福苑は、1980年代に建設された政府補助付きの分譲団地(居者購入制度)で、完全な公営賃貸ではないものの、実質的には「公営・準公営団地」として位置づけられてきた。
宏福苑も、1戸あたり40〜45平米前後の住戸に家族世帯がひしめき合い、約2000戸・4600人が暮らしていたとされる。
数字だけ見れば極端なナノフラットほどではないが、1人当たりの空間は狭く、窓際や廊下にまで生活物資が溢れる「鳥かご」のような窮屈さは共通している。
こうした過密状態は、ひとたび火災が発生すれば、可燃物の密度が高いことから火の回りを早め、同時に避難経路を塞ぐ要因ともなり得る。
文字通り「逃げ場のない」状況が、日常の中に埋め込まれているのだ。
伝統工法「竹棚」が孕む火災リスク

画像 : 香港の建物外壁を覆う竹の足場 Clément Bucco-Lechat CC BY-SA 3.0
今回の火災で被害を拡大させた最大の要因と見られているのが、香港独特の建築文化である「竹の足場(バンブー・スキャフォルディング)」だ。
香港では超高層ビルの建設や改修であっても、鉄パイプではなく竹を組んで足場を作る。
柔軟性があり、湿気に強く、何より安価で調達しやすいことから重宝されてきた。
しかし、乾燥した竹は極めて燃えやすい。
さらに、工事現場では飛散防止のためにナイロン製のネットで建物を覆うが、これは一度着火すると導火線の役割を果たし、炎は垂直方向に一気に駆け上がる。
捜査当局は、足場付近の保護ネットから火が出て、窓を塞いでいた発泡スチロール製の断熱材が燃え上がり、ガラスを割って室内に炎が侵入したとみている。
近隣住民の証言から、外壁作業員の「たばこの火」が出火源だった可能性も取り沙汰されているが、正式な原因はなお調査中だ。
伝統的な工法は香港の象徴的な風景だが、現代の高層過密都市においては、ひとつの火種が致命的な結果を招く「燃料」となってしまった。

画像 : 高層ビルだらけの香港 Georgio CC BY 2.0
老朽化するインフラと置き去りの安全対策
香港には築30年、40年を超える高層住宅が無数に存在する。
新しい建物にはスプリンクラーや最新の排煙システムの設置が義務付けられているが、古い建物では免除されていたり、設備更新が追いついていなかったりする場合が多い。
防火扉が常に開けっ放しになっていたり、非常階段がゴミで塞がれていたりという管理不全も、長年指摘されてきた課題だ。
宏福苑の各棟は1980年代に建設された古い高層団地であり、室内スプリンクラーは設置されていなかった。
さらに、火災当時には火災報知設備が正常に作動せず、多くの住民が警報音を聞かないまま、煙の匂いや近隣住民の呼びかけで避難を始めたと証言している。 
今回の火災を受け、香港政府は規制強化に乗り出す姿勢を見せているが、抜本的な解決は容易ではない。
狭小な土地に限界まで建物を詰め込み、さらにその中へ人を詰め込むという都市構造そのものが、防災上の脆弱性を抱えているからだ。
経済効率を最優先し、空へ空へと伸び続けた香港の摩天楼。
その足元で、市民の安全が構造的なリスクに晒され続けている現実は、早急に見直されるべきだろう。
参考 : Government undertakes comprehensive follow-up on Tai Po fire 他
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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