世界史

2800年前のエジプト女性の墓から見つかった驚きの「妊娠判定法」とは?

1. なぜ「女性の墓」から妊娠の話が出てくるのか

画像 : セティ1世葬祭殿(ルクソール西岸・古代テーベ墓域)Forever Egypt CC BY-SA 4.0

古代エジプトの墓は、単なる埋葬の場ではありませんでした。

それは死者が来世で再び生きるための「生活空間」であり、生前に必要だった知識や道具、信仰のすべてを持ち込む場所でもありました。

特に女性にとって、妊娠や出産は人生の一部であると同時に、宗教的にも極めて重要な意味を持っていました。

子を宿し、命を生み出す行為は、女神イシスやハトホルと結びつけられ、再生や復活の象徴と考えられていたからです。

そのため、女性の身体に関する知識は、生きている間だけでなく、死後の世界でも必要とされるものと認識されていたのです。

実際、古代エジプトの墓からは、化粧道具や衣服だけでなく、呪文を書いた文書や医療に関わるパピルスが見つかることがあります。病や出産のトラブルから身を守る知識は、来世でも同じように役立つと信じられていたのです。

このように、墓に医療文書が納められることは、決してめずらしい行為ではありませんでした。

こうした価値観の中で保存され、今日まで伝わったのが「医学パピルス」です。

2. サッカラの墓域から見つかった「医学パピルス」

画像 : ブルクシュパピルス(Papyrus Berlin 3038)Sandra Steiß CC BY-SA 4.0

古代エジプトの妊娠判定法が、ただの空想や伝説ではないことを示す最大の根拠が、実際に発見された医学パピルスの存在です。

その代表例が、ブルクシュパピルス(Brugsch Papyrus)です。※別名「ベルリン・パピルス(Papyrus Berlin 3038)」

このパピルスは、1826年ごろにイタリア人収集家ジュゼッペ・パッサラクアが、サッカラの階段ピラミッドを中心とする広大な墓域の一角で入手し、1827年にプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム3世によってベルリンの博物館に収蔵されました。

墓の中で複数のパピルスとともに壺に納められ、砂中深くに埋められていたと記録されています。

保存状態が非常に良かったことから、大切に保管されていた文書だったことがうかがえます。

画像 : サッカラの階段ピラミッド(ジョセル王のピラミッド)Charles J. Sharp CC BY-SA 3.0

年代は新王国時代、第19王朝頃。今からおよそ2800年前に相当します。

内容は一貫した医学書ではなく、治療法、診断、薬剤の配合、呪術的処方などを集めた「医学知識の集成」と言えるものでした。

古代エジプトでは、医学と呪術は明確に分かれておらず、病や身体の異変は神々や見えない力と結びつけて理解されていたのです。

重要なのは、このパピルスが王や神官だけの特殊な知識ではなく、実用を前提とした内容を多く含んでいる点です。
女性の身体、出産、妊娠に関わる処方や判断基準も、その一部として記されていました。

つまり、妊娠に関する知識は、当時のエジプトにおいて共有されるべき「現実的な問題」だったのです。

病を治し、身体を守り、子を宿すための知識は、死後の世界でも必要とされる。

そう信じられていたからこそ、これらの文書は墓とともに残されたのでしょう。

3. パピルスに記されていた「2800年前の妊娠判定法」

このパピルスの中には、女性が妊娠しているかどうかを見極めるための具体的な方法が記されています。

それは現代人の感覚からすると、少し意外なやり方でした。

記録によれば、なんと女性の尿を用意し、それを穀物の種子にかけるというのです。

使われたのは大麦や小麦、あるいはエンマーコムギ(古代の小麦)といった、当時ごく一般的だった作物でした。

画像 : 栽培されたエンマーコムギの穂 public domain

一定期間観察し、種が発芽するかどうかで、妊娠しているかを判断する。

つまり「発芽すれば妊娠している、何も起こらなければ妊娠していない」という判定方法だったのです。

さらに文書によっては「どの穀物が先に芽吹いたかで、胎児の性別を占う」といった記述も見られます。

この性別判定については、後になって意味づけが加えられた可能性もありますが、「妊娠しているかどうかを確かめる」という行為自体は、実際に行われていたようです。

もちろん、古代エジプトの医学は現代の科学とは大きく異なり、パピルスの中には神々の力や呪文と結びついた記述も多く見られます。

そのため、一見すると全く意味のない迷信のようにも思えます。

しかしこうした試みが、当時の人々にとって何らかの手応えを持つものだった可能性も完全には否定できません。

この2800年前の妊娠判定法が、後の時代にどのように受け止められ、現代科学によってどのように検証されてきたのかを見ていきます。

4. この方法は本当に意味があったのか?現代科学の検証

画像 : 古代エジプトの供物を運ぶ女性像(ルーヴル美術館蔵、古代エジプト)Public domain

一見すると奇妙にも思える古代エジプトの妊娠判定法ですが、20世紀になると、この方法を科学的に検証しようとする試みが行われました。

1963年、医学史研究の一環として、古代文献に記された「尿と穀物による妊娠判定」が実際に再現実験されたのです。

P. Ghalioungui, Sh. Khalil, A. R. Ammar
「古代エジプトにおける妊娠および胎児の性別を判定する方法について」
On an Ancient Egyptian Method of Diagnosing Pregnancy and Determining Foetal Sex
Medical History, 1963
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1034829/

その結果、妊娠中の女性の尿を使った場合、穀物の発芽率が明らかに高くなることが確認されました。
完全に正確な判定とは言えないものの、偶然や迷信だけでは説明できない傾向が見られたのです。

妊娠中の尿にはエストロゲンなどのホルモンが多く含まれ、それが植物の成長に影響を与えた可能性が指摘されています。

もちろん、古代エジプトの人々がホルモンという概念を理解していたわけではありません。

しかし、長年の経験の中で「妊娠している女性の尿は、穀物の反応が違う」という微妙な変化に気づき、何かしらの手ごたえを感じた人々がいたことは確かでしょう。

医学パピルスに淡々と書き残されているという点も、この方法が一定の信頼を得ていたことの証左です。

迷信的な呪術や信仰などと混ざり合いながらも、観察と経験に基づく実践的な知恵も、確かに存在していたのです。

そして妊娠という極めて現実的な問題に直面していた女性たちは、その知恵を頼りにしていました。

サッカラの墓域から見つかったパピルスと、そこに記された妊娠判定法は、当時の人々が「生きるための知識」をどれほど大切にしていたか、ということを今に伝えています。

参考文献 :
・Wreszinski, Walter (ed.) 1909. Der grosse medizinische Papyrus des Berliner Museums (Pap. Berl. 3038). Leipzig: J. C. Hinrichs’sche Buchhandlung.
・Ghalioungui, P.; Khalil, Sh.; Ammar, A. R. (1963)
“On an Ancient Egyptian Method of Diagnosing Pregnancy and Determining Foetal Sex.”
Medical History, Vol. 7, No. 3, pp. 241–246.
・Ancient Egyptian Medicine.Norman: University of Oklahoma Press.
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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