大晦日、京の台所では「火」が燃える。
今もなお伝統を大切にする家々では、正月支度の佳境を迎え、慌ただしい時間が流れていく。
正月を迎えるうえで欠かせないのが、おせちの重詰めだ。
「黒豆の具合はどうや?」「小芋の加減はええか?」「棒鱈の戻り具合はどうやろ?」
台所には、京言葉のやり取りと鍋の音が絶え間なく響く。
そうこうするうちに、「ゴォーン」と響き渡る除夜の鐘。
その音を合図に、表は急に騒がしくなる。
「をけら参り、戻らはりましたぇー。」
八坂神社の浄火を火縄に移し、消えぬようくるくると回しながら持ち帰る、これが「をけら参り」だ。
この清らかな火で新年の雑煮を炊き、残った浄火は夜明けまで神棚の灯明に移される。
やがて火は落ち着き、人々は元旦の朝を迎える。
今回は、京の年越しを支えてきた「おけら火」の物語をひもといてみよう。
新年を迎えるのに欠かせない浄火

画像:八坂神社をけら参り public domain
長い行列の中で寒さに震えていた女の子も、父親に手を引かれた男の子も、やがて八坂神社の「をけら火」を火縄に移す。
それは、年明けの雑煮を炊くための、清らかな火である。
「をけら火」は、家に帰り着くまで決して消してはならない。
そのため人々は、火縄をぐるぐると回し、風に当てながら家路につく。
これこそが、大晦日の京都を象徴する光景だ。
しかし、この火が回されるのは、持ち帰るときだけではない。
八坂神社では毎年12月28日、原始的な火鑚杵(ひきりぎね)を用い、檜の摩擦によって浄火が切り出される。
キリキリと回され、何百回もの動作を経て、ようやく火は生まれる。
そうして生まれた火が、大晦日の夜、人々の手の中で再び回されていく。
「をけら火」は、新年の幸せを開くための、静かな火種なのである。
八坂神社の疫病除けと結びついた「白朮火」

画像:吉兆縄にをけら火を移す public domain
「をけら」とは薬草の名で、「白朮」と書く。
それが、八坂神社の疫病除けの信仰と結びついたのだ。
切り出された火は、大きな三つの灯籠に移され、その際、出雲国(現在の島根県)で採れた白朮が加えられる。
火はここで、霊験あらたかな「白朮火(をけらび)」となるのである。
八坂神社の大きな楼門をくぐると、参道には火縄(吉兆縄)を売る屋台が軒を連ねる。
「吉兆のう」「吉兆のう」という売り声につられて、つい一本、手に取ってしまう。
手にした火縄は、どこかしっとりとして、滑らかな手ざわりだ。
火持ちをよくするために、蠟が混ぜてあるのである。
それでも、吉兆縄を持った人々はみな、火縄をくるくると回している。
新年の幸福を招くとされる「をけら火」

画像:大晦日の八坂神社 public domain
八坂神社の「をけら参り」は、12月31日の午後7時半頃から元旦早朝5時頃まで執り行われる。
午後7時からは本殿にて、一年を締めくくる除夜祭が斎行され、祭典後、境内に設けられた灯籠へと神職によって順次、浄火が点火される。
その際、「白朮(をけら)」の欠片と、氏子・崇敬者が一年間の無病息災を祈願して奉納した「をけら木」がともに炊き上げられる。
白朮は燃やすと非常に強い香りを放つことから、邪気を祓う霊力があるとされ、江戸時代までは年末の風物詩として一般家庭でも行われていたという。
この「をけら火」を火縄に移し、消えないように大切に持ち帰る。
そして、新年の雑煮を炊く釜の火種や神棚の灯明として用い、一年の無病息災を祈願するのである。
しかし、神棚のない家庭や旅行者は、「をけら火」を持ち帰ることができない。
そんなときは、吉兆縄だけでも求めてみるとよい。

画像:をけら詣り限定授与品・掛け火縄(八坂神社)
また、八坂神社の縁起物「掛け火縄」(初穂料1,000円)は、「をけら火」を移した後に消した火縄で、京では「福を灯す」と言われ、部屋に飾れば幸福を招き、台所に掛ければ火伏せのお守りとなる。
今年の大晦日は、京都へ足を運び、「をけら火」に込められた、心温まる幸せの気配を静かに感じ取ってみてはいかがだろうか。
■ 京都・八坂神社「をけら参り」基本情報
【行事名】をけら参り
【開催日程】毎年12月31日
【時間】大祓式 15:00頃~/除夜祭 19:00頃~(元旦未明まで)
【場所】八坂神社
【所在地】京都府京都市東山区祇園町北側625
【アクセス】市バス206系統「祇園」下車すぐ
【公式サイト】http://www.yasaka-jinja.or.jp/event/
※参考文献
高野晃彰著・編集 『京都ぶらり歴史探訪ガイド』 メイツユニバーサルコンテンツ刊
文 / 高野晃彰 校正 / 草の実堂編集部
























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