葬式のときに泣いて、弔問客や遺族を不幸にしていく「泣き女」という妖怪がいたような……。
――と。私のなかにそんな記憶があったので、今回は「泣き女」について調べてみました。
実際にあった職業「泣き女」
これは妖怪ではなく、葬儀のときに雇われて号泣する役割を担った女性のこと。
『泣女(なきめ)』や『泣き屋』とも呼ばれ、『哭き女』『哭女』とも書くようです。
古代から日本全土でみられた習俗で、遺族の代わりに大声で泣きじゃくることで故人を悼み、死者の馳走とされた涙を流すことで、報酬や謝礼を得ていました。
大袈裟に泣くことで、悲しみや辛さ、寂しさ、などを表現したとされていますが、ある説によれば、『悪霊ばらい』や『魂呼(たまよ)ばい』としての性質も併せ持っていたとされています。
『悪霊払い』は、取り憑いた悪霊や怨霊を取り除くための儀式。
節分も、これに該当します。悪霊祓いは、かつては呪術医の呪術による治療の一環ともされていました。
『魂呼ばい』は、死者の魂を呼び返す呪術行為。
昔は土葬であり、さらに古代では『殯(もがり)』という本葬までに期間を置く葬儀儀礼がありましたから、復活が信じ願われていたことがうかがえます。
具体的には、死者の出た家の屋根に上がり、大声で死者の名を呼んだりしたとのこと。
節分も、「鬼は外、福は内」と大きく声を発します。
泣き女の大きな泣き声にも、取り除くと呼び返す、両方の性質が含まれています。
この共通点が、なんだかおもしろいですね。
謝礼や報酬を得ていた泣き女達は、もらう米や味噌などの量によって泣き方を変えたといわれています。
「五合泣き」や、または「一升泣き」など「○升泣き」といった言葉があったそうです。
高知県ではそれを揶揄した「泣味噌三匁、善く泣きや五匁」という言葉もありました。
多くの報酬をもらうためには激しく泣くだけではなく、遺族や弔問客に「悲しみ」「辛さ」「寂しさ」などを訴えかける演技力を身につけた泣き方をしなくてはいけなかったようです。
報酬を得ていた彼女達は【プロ】ですから、その技術にも誇りをもっていたのかもしれません。
他国にもいる泣き女
泣き女の習俗は、日本だけに存在しているものではありません。
有名なのは、朝鮮半島や中国。
儒教には、『哭礼の儀式』という儀礼的習慣があります。
これは、儒教式葬儀の慣わしのようなもので、「死者の子どもはあまりの深い悲しみのために自分では泣くことができないから、代わりに周囲の者が大声を上げて泣く」のだそうです。
儒教では、「葬儀で泣く人が多いほど、故人の徳が高くなる」とされているため、謝礼を払って泣き女を頼むらしいです。
中国では、泣き女の数が葬儀における家の名誉とされたそうで、かつては50~60人におよぶこともあったのだとか。
中東エジプトなどでは『イシス信仰』にも繋がるとされ、古代エジプトの壁画には死者が運ばれる道すがら、お金をもらい悲しみを演出する泣き女の姿が描かれています。
『旧約聖書』にも、泣き女の存在が以下のように記されています。
『17 万軍の主はこう言われる。「よく考えて、泣き女を呼べ。また人をつかわして巧みな女を招け。
18 彼らに急いでこさせ、われわれのために泣き悲しませて、われわれの目に涙をこぼさせ、まぶたから水をあふれさせよ』
イスラム圏においては、葬式だけではなく、結婚式や割礼式にも「オルルル!」という声を響かせるそうです。
ヨーロッパでは、移動型民族であるロマ人の職のひとつともいわれています。
古代から近代まで、戦闘の前などにも「これから死に行く戦士の弔い」として行われたと記録されているそうです。
イギリスの妖精『バンシー』と日本の妖怪『夜泣き婆』
バンシー(banshee、bean sidhe)wikiより
とくにおもしろいのが、イギリスの泣き女。
彼女たちはアイルランドやスコットランドに伝わる妖精『バンシー』の化身とされています。
身分の高い人の死になると現れ、複数のバンシーが泣いた場合は、死者は勇敢な人物か聖なる人物であった証といわれています。
そのため、葬儀に集まってもらうことは、その故人の「名誉」の証ともなっていたようです。
またバンシーは、「その泣き声が聞こえた家では近いうちに死者が出る」とされ、「純粋なケルトやゲール系の家族のもとにしか来ない」ともいわれています。
そして妖精に似た存在として、妖怪がいます。
日本では『夜泣き婆』という妖怪がいて、これは与謝蕪村の妖怪絵巻『蕪村妖怪絵巻』で遠州の見附宿(現・静岡県磐田市)に現れたとされています。
妖怪を多く描いた漫画家・水木しげるの著書には『泣き婆』と記されます。そちらでは遠州以外の地方でも葬儀の際に現れたとされているようです。
この『夜泣き婆』、あるいは『泣き婆』が「憂いある家の前に現れ泣くと、人々はそれにつられて涙する」といわれ、「数回繰り返されるとその家には必ず不幸がある」とされています。
民族学者であり日本風俗史家・妖怪研究家の湯本豪一はそれを「疫病神に近いもの」としていますが、水木しげるは「不幸がやって来ることを知らせる役目も持つもの」としています。
調べてみて、泣き女という職業がいろんな国にあるのも興味深く、イギリスと日本に似た妖精と妖怪がいることが興味深かった。
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