鎌倉殿の13人

政敵を次々と粛清、権力の頂点に上り詰めた北条時政の転落…「牧氏事件」を紹介【鎌倉殿の13人】

時は元久2年(1205年)6月22日。武蔵国の利権をめぐって対立する畠山重忠(演:中川大志)ら一族を謀略によって滅ぼした北条時政(演:坂東彌十郎)。

これで武蔵国を掌中に収め、我が権力を盤石なものとした……はずでしたが、義理の息子(重忠)を裏切った代償は、間もなく実の子供たちによって支払わされることになるのです。

画像 : 北条時政 「大日本六十余将」

今回は時政失脚の原因となった北条義時(演:小栗旬)と尼御台・政子(演:小池栄子)らによるクーデター「牧氏の変(牧氏事件)」を紹介。

鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』には、どのように書かれているのか、さっそく読んでいきましょう。

実朝を「謀り奉ろう」とする牧の方(りく)の企み

晴。牧御方廻奸謀。以朝雅爲關東將軍。可奉謀當將軍家〔于時御坐遠州亭〕之由有其聞。仍尼御臺所遣長沼五郎宗政。結城七郎朝光。三浦兵衛尉義村。同九郎胤義。天野六郎政景等。被奉迎羽林。即入御相州亭之間。遠州所被召聚之勇士。悉以參入彼所。奉守護將軍家。同日丑尅。遠州俄以令落餝給〔年六十八〕。同時出家之輩不可勝計。

※『吾妻鏡』元久2年(1205年)閏7月19日条

いわゆる「畠山重忠の乱」からおよそ2ヶ月が経った閏7月19日(6月→7月→閏7月)。政子の元へ、りく(演:宮沢りえ。牧の方)による陰謀計画がもたらされました。

危うく「お謀り奉られて」しまうところだった源実朝。『國文学名家肖像集』より

何と、現将軍の源実朝(演:柿澤勇人)を「お謀り奉って」、自分たちの娘婿である平賀朝雅(演:山中崇)を鎌倉殿に祭り上げようというのです。

文中「……当将軍家(いま遠州=時政宅におわす)をお謀り奉るべきのよし……」とありますが、この場合「暗殺する」と解釈して間違いないでしょう(それにしても、何でも奉るをつければ許されるってモンじゃありませんよね)。

「小四郎!」

「……手筈はすでに」

ただちに長沼五郎宗政(ながぬま ごろうむねまさ)・結城七郎朝光(演:高橋侃)・三浦兵衛尉義村(演:山本耕史)・三浦平九郎胤義(みうら へいくろうたねよし)・天野六郎政景(あまの ろくろうまさかげ)らを時政の元へ派遣。実朝の安全を確保しました。

するとどういうことか理由はさっぱり分からないのですが、深夜2:00ごろになって時政がいきなり出家。まぁどう見ても「夫婦の連帯責任をとった(とらされた)」「自身はもちろん、愛妻りくの命乞いをした」ものと思われます。

時に68歳。時政と共に出家した者は数えきれない……とありますが、これは時政を慕って後を追ったというより、連帯責任あるいは共謀していなくても時政派として排除されたのでしょう。

時政は伊豆へ、執権を継いだ義時の初仕事

晴。辰尅。遠州禪室下向伊豆北條郡給。今日相州令奉執権事給云々。今日大膳大夫屬入道。藤九郎右衛門尉等參會相州御亭。被經評議。被發使者於京都。是可誅右衛門權佐朝雅之由。依被仰在京御家人等也。

※『吾妻鏡』元久2年(1205年)閏7月20日条

そして翌朝8:00ごろ、時政らは故郷である伊豆国北条郡へご下向あそばされました。あくまで追放ではなく、表面的には自発的な隠居という形をとっています(でないと世間体が悪いし、執権を継承する義時にヘイトが集まりますからね)。

ちなみに、りくが出家したとは明記されていません(※解釈による異説あり)。普通に考えれば夫婦で一緒に出家すべきでしょうが、もしかしたら時政が懇願したのかも知れません。

愛する夫と共に仏道に帰依……したとはとても思えない牧の方(イメージ)

義時らにしたら、時政さえ追放できれば、りくはそのオマケに過ぎないため見逃したのではないでしょうか。ともあれ邪魔者は片付きました。

「……さて方々。京都の件にございますが……」

義時はさっそく三善康信(演:小林隆)や安達景盛(演:新名基浩)らと評議した結果、京都にいる平賀朝雅の討伐を決定。鎌倉での一件を伝え、朝雅の討伐を命じる使者を発したのでした。

晴。去廿日進發東使。今日入夜入洛。即相觸事由於在京健士云々。

※『吾妻鏡』元久2年(1205年)閏7月25日条

果たして使者は7月25日に京都へ到着。当時の鎌倉~京都間における通信速度が約5日程度であったことが判ります。

平賀朝雅の最期

晴。右衛門權佐朝雅候仙洞。未退出之間。有圍碁會之處。小舎人童走來招金吾。告追討使事。金吾更不驚動。歸參本所。令目算之後。自關東被差上誅罸專使。無據于遁迯。早可給身暇之旨奏訖。退出于六角東洞院宿廬之後。軍兵五條判官有範。後藤左衛門尉基淸。源三左衛門尉親長。佐々木左衛門尉廣綱。同弥太郎高重已下襲到。暫雖相戰。朝雅失度逃亡。遁松阪邊。金持六郎廣親。佐々木三郎兵衛尉盛綱等追彼後之處。山内持壽丸〔後号六郎通基。刑部大夫經俊六男〕射留右金吾云々。

※『吾妻鏡』元久2年(1205年)閏7月26日条

一方そのころ。平賀朝雅は京都の御所で囲碁を楽しんでいたのですが、鎌倉より追討命令が出たことを知ると後鳥羽上皇(演:尾上松也)に暇乞いをしました。

最後の対局は、果たしてどっちの勝ちだったのか(イメージ)

「お、ヤツが御所を出たぞ」

「殺っちまえ!」

一斉に襲いかかってきたのは五条判官有範(ごじょう ほうがんありのり)・後藤左衛門尉基清(ごとう さゑもんのじょうもときよ)・源三左衛門尉親長(みなもとの さんざゑもんのじょうちかなが)・佐々木左衛門尉広綱(ささき さゑもんのじょうひろつな)・佐々木弥太郎高重(やたろうたかしげ)たち。

「チっ、もう来おった……しかしこれでも源氏の武者。ただ討たれはせぬぞ!」

懸命に防戦した朝雅でしたが、衆寡敵せず松阪(京都市山科区)まで敗走します。

「待てやコラ、逃げられると思うてか!」

なおも追いすがるのは金持六郎広親(かなもち ろくろうひろちか)・佐々木三郎兵衛尉盛綱(演:増田和也)。再び戦闘を繰り広げる中、山内持寿丸(やまのうち じじゅまる。後の山内六郎通基)が朝雅を射止めたのでした。

エピローグ

時政・りく夫婦が鎌倉を追放され、京都では朝雅が討たれたことによって「牧氏の変」は終結。翌8月2日には京都より報告の使者が到着し、8月5日にはりくの兄弟である大岡備前守時親(おおおか びぜんのかみときちか)も出家しました。

晴。發遣京都之飛脚歸參于關東。金吾伏誅由申之。

※『吾妻鏡』元久2年(1205年)8月2日条

霽。子尅。大岡備前守時親出家。是依遠州被落餝事也。

※『吾妻鏡』元久2年(1205年)8月5日条

その後、時政は二度と政治の表舞台に立つことはなく、建保3年(1215年)1月6日に亡くなりました。

霽。伊豆國飛脚參。申云。去六日戌尅。入道遠江守從五位下平朝臣〔年七十八〕於北條郡卒去。日來煩腫物給云々。

※『吾妻鏡』建保3年(1215年)1月8日条

【意訳】晴れ。伊豆国より飛脚が到着して言うには「去る1月6日の午後8:00ごろに時政が故郷で亡くなった。享年78歳。かねて腫物を患っていた」とのこと。

伊豆の小豪族から身を立てて、天下の武門に号令する鎌倉殿の執権≒御家人の頂点にまで上り詰めた男の最期にしては、実に寂しいものでした。

北条時政の墓。近年立派な柵が設えられたものの、以前は寂しい土饅頭だったのだろう。画像:Wikipedia(文屋将監氏)

ちなみに、りくは時政の死後に娘婿の藤原国通(ふじわらの くにみち。朝雅の未亡人が再婚)を頼って京都へ上り、贅沢三昧に暮らしたと言われています。

大河ドラマではさんざん京都へ帰りたがっていた彼女ですが、その夢を実現したのは時政ではなくまさかの自力。時政の権力やコネを活かしたとは言え、実にタフな女性でした。

以上、牧氏事件について『吾妻鏡』をたどってきましたが、果たしてNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ではどのように描かれるのでしょうか。

古来「事実は小説よりも奇なり」とはよく言ったもので、『吾妻鏡』どおりに演じても十分に面白いのですが、三谷幸喜がそんなステレオタイプな脚本を書くとも思えません。

果たしてどんなアレンジを加えてくるのか、今から心待ちにしています。

※参考文献:

  • 五味文彦ら編『現代語訳 吾妻鏡 7 頼家と実朝』吉川弘文館、2009年11月
  • 坂井孝一『鎌倉殿と執権北条氏 義時はいかに朝廷を乗り越えたか』NHK出版新書、2021年9月
角田晶生(つのだ あきお)

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