NASAが2018年8月8日に打ち上げた、「太陽観測用探査機パーカー・ソーラー・プローブ」(以降パーカー)は、すでに人類が作ったどの物体よりも太陽に近づいているが、今年後半、この探査機は驚異的なスピードで移動しながら、さらに太陽に接近する予定だ。
2023年12月28日に18回目の太陽に接近飛行(フライバイ)を終えた太陽観測機は、2024年12月24日に再び太陽に接近する。
今回の接近では、光球(太陽の表面とほぼ同じと考えられる、ガス状の太陽の層)から約610万キロメートルまで接近する。
これは全人類にとって、1969年の月面着陸に匹敵する偉業だと称賛されている。
しかし、探査機は約1,400度という高温に耐えなければならない。
偉大な功績とさらなる期待
パーカーは、2018年8月にフロリダ州ケープカナベラルから打ち上げられ、2023年9月27日に太陽に太陽表面から約726万km以内に接近し、時速約63万6000kmという速度を記録した。
2024年のクリスマス・イブの接近飛行(以降フライバイ)は、探査機のこれまでの最高速度記録を更新する見込みだ。
パーカーが太陽に近づくにつれ、恒星の巨大な引力の影響で、探査機は時速約700,000kmまで加速する。
これはロッキード・マーチン社のF-16戦闘機の最高速度の約300倍、ライフル銃で発射された弾丸の速度の約200倍であり、パーカーが人類史上最速の物体であるという伝説をさらに強固なものにするだろう。
フライバイとは、「探査機が惑星あるいは衛星の近くを通過している」状態のことだ。
目的が観測重視の場合はフライバイ、軌道変更重視の場合はスイングバイと呼び、使い分けられている。
探査の本当の目的と困難
これらの記録的な成果は驚異的ではあるが、パーカーの真の目的は、「太陽についてさらに多くのことを発見すること」である。
今回のフライバイで科学者が解明したい太陽の謎の一つは、太陽コロナがその表面(光球)温度よりも200倍以上も高温である理由だ。
光球とは、太陽の表面に相当する層のことで、コロナの推定温度は110万度を超えるのに対し、光球は約5,500度である。
これは、太陽の熱源がその中心核で行われる核融合であることを考えると、矛盾している。
光球は、少なくともコロナよりも核に5,000キロほど近い。
これは、キャンプファイヤーで肉を焼いたときに、火から遠い方が早く焼けることと同じようなものだ。
この疑問を解決するために、パーカーは危険な高温のコロナを飛行し、データを収集するのだ。
このデータ収集の一環として、パーカーは2022年9月に、記録史上最も強力なコロナ質量放出(CME)の一つを通過し、生き残った。
コロナ質量放出(CME: Coronal Mass Ejection)とは、コロナからプラズマと磁場の塊が放出される現象だ。
しかし、次も生き残れる保証はない。
この素晴らしいミッションは2025年、パーカーが24回目のフライバイを終えた後に終了する予定になっている。
パーカーの「太陽に触れる」ミッション
パーカーは太陽から約620万キロメートルという、史上最も近距離で太陽を観測しており、7年かけて24回軌道を周回する。
ここでは、そんなパーカーのミッション内容の概要を紹介する。
パーカーは、史上初めて恒星の内部に迫ろうとしている探査機だ。「灼熱と強烈な放射線」に立ち向かい、太陽の大気から直接粒子と磁場を採取するという危険な任務を担っている。
2021年12月、パーカーは太陽コロナと呼ばれる大気に突入し、史上初めて太陽に「触れる」ことに成功した。
このミッションは、太陽エネルギーの流れ、コロナの加熱メカニズム、そして太陽風加速の謎を解き明かすことを目指している。
パーカーは、60年以上にわたって科学者を悩ませてきた疑問に答えるべく旅を続けているのだ。
・なぜコロナは太陽表面よりもはるかに高温なのか?
・太陽風はどのように加速するのか?
・高エネルギー太陽粒子の源はどこにあるのか?
太陽の大気圏に住む私たちにとって、パーカーのミッションは太陽が地球に与える影響を理解する上で重要である。
得られたデータは、宇宙天気予報の開発にも役立つ。
宇宙天気は衛星の軌道を変えたり、寿命を縮めたり、搭載機器に悪影響を与える可能性があるため、その予測は非常に重要なのだ。
最先端の熱工学技術により、パーカーは過酷な環境下でも耐えることができる。
また、4つの観測装置を駆使し、磁場、プラズマ、高エネルギー粒子を研究し、太陽風を直接観測できる。
このミッションは、太陽風理論を打ち立て、現代の太陽科学を切り開いたユージン・パーカー博士にちなんで命名された。
2022年3月に94歳で逝去したパーカー博士は、生涯にわたって太陽と恒星の仕組みに関する数々の革新的な理論を提唱し、宇宙の理解に大きく貢献したという。
2018年に打ち上げられたパーカー・ソーラー・プローブは、半世紀以上前にパーカー博士が思い描いた前駆的な探究を今日も続けているのだ。
パーカーの技術的な特徴
パーカーは、特殊なミッション故に従来の探査機には見られない技術的特徴がある。ここでは、それらを紹介していく。
太陽から探査機を保護するための技術
太陽の表面温度は約5,500度にも達し、太陽風と呼ばれる高速で高温のプラズマも、探査機に大きなダメージを与える可能性がある。
その過酷な任務を遂行するために、探査機とその搭載機器は厚さ4.5インチ(約11.43cm)の炭素複合材製シールドに守られ、探査機内部の温度を約30°Cに維持しているという。
応用物理研究所の研究者たちは、パーカーが「太陽に触れる」という危険なミッションの間、繊細な搭載機器を保護するために十分な強度を持つ耐熱シールドを開発したのだ。
耐熱シールドは軽量で強度が高く、熱にも非常に強い素材である、炭素複合材が複数の層で構成されており、それぞれが異なる役割を果たしている。
・最外層: 太陽光を反射し、熱を遮断する
・中間層: 熱を吸収し、シールド内部の温度上昇を防ぐ
・最内層: 探査機本体を保護する
まさに技術の粋を集めたこの耐熱シールドのおかげで、探査機は太陽の近くまで接近し、貴重なデータを収集することができるのである。
太陽を観測するための技術
パーカーの主な科学的目標は「太陽風の謎を解き明かすこと」であり、太陽風を加速する仕組みとコロナの加熱メカニズムを理解するために、エネルギーの流れを追跡し、コロナの加熱を調査することだ。また、外コロナの統計的調査も行う。
パーカーの主要調査は、以下の4つであり、それらを観測するための装置が組み込まれている。カッコ内が装置名である。
フィールド実験(FIELDS)
電界、磁場、電波、ポインティング流束、絶対プラズマ密度および電子温度、宇宙船浮遊電位および密度変動、無線電波測定を行う。
太陽総合科学調査(IS☉IS)
太陽大気と内部太陽圏で高エネルギーに加速された高エネルギー電子、陽子、重イオンを観測し、太陽風とコロナ構造との相関を解析する。
太陽探査用広域イメージャー(WISPR)
太陽コロナと内部太陽圏の画像を撮影する。
また、太陽風、衝撃波、その他の構造が宇宙船に接近して通過する様子も撮影する。
他の装置が直接測定しているプラズマを画像化することで、他の装置と相互補完し、総合的な理解を深める。
太陽風電子、アルファ粒子、陽子調査(SWEAP)
太陽風中最豊富な粒子である電子、陽子、ヘリウムイオンを数え、速度、密度、温度などの特性を測定する。
さいごに
すでに、さまざまな記録更新と、(チームによる論文発表も含め)様々な成果を上げているパーカーであるが、まさに「月面着陸」以上の偉業だと言えよう。
太陽風の起源と性質、太陽のコロナの構造と運動、太陽磁場のダイナミクスなど、これまで謎に包まれていた太陽のさまざまな現象が明らかになりつつあることは、本当にすごいことである。
この探査機の任務の特性上、きっと最後は太陽に近い場所で燃え尽きてしまうのだと思うが、なんとなく日本の「はやぶさ」とかぶってしまい、残念な気持ちになるのは筆者だけではないだろう。
今年を含め残り2年間ではあるが、故障やトラブルに遭わずに頑張って欲しいものである。
参考 : Parker Solar Probe – NASA Science | Parker Solar Probe 他
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