中国史

幻の秘薬は人の排泄物だった!? ~古代中国の驚きの漢方薬とは

古代の秘薬

漢方薬

画像 : 漢方薬 イメージ UnsplashのJason Leungが撮影した写真

人類は古代から健康、長寿、そして美を追い求めてきた。

その中で「秘薬」と呼ばれる特別な薬は、人々の関心を集め、時には奇抜な材料や方法が用いられた。
しかし、医療や衛生に関する知識が乏しかった時代、その効果については疑問が残るものも少なくない。

多くの秘薬は、迷信や言い伝えに基づいて効果が信じられ、宗教的な意味合いを含むものもあった。

その一例が、古代エジプトで生まれた「ミイラ粉」である。

画像: ミイラの包帯が描かれた絵 BY-SA 3.0

このミイラ粉は、特に中世ヨーロッパで「治療の力」を持つと信じられ、人気を博した秘薬である。

医師や薬剤師が調合に取り入れ、血液の浄化や体調の改善を目的に使用された。富裕層の間では粉末のまま摂取することも一般的で、外用薬としても用いられた。

また、薬としてのミイラは日本にも輸入されており、江戸時代には大名たちの間で高い人気を誇っていたという。

しかし、この秘薬の効果に科学的根拠はなかった。ミイラ粉の利用は、19世紀に近代医学が進歩するとともに廃れていった。
当時の人々は、その神秘的な存在に「病気治療の力」を見いだそうとしたのだろう。

今回は、このような「秘薬」の一環として、中国の漢方薬で使用されてきた興味深い材料について紐解いていきたい。

動物の排泄物が薬になる?

古代では、動物の排泄物が病気の治療に使われていたことがある。たとえば、古代エジプトでは牛の糞が消毒や抗炎症に効果があると信じられ、皮膚疾患や傷の治療に使われていたそうだ。

これらは迷信や伝統的な知識に基づくもので、効果の裏付けがあったわけではないが、当時の人々にとっては貴重な治療法だったのだろう。

中国でも、動物の糞便を使った漢方薬が知られている。

画像 : 鳩(カワラバト)wiki c Ram-Man

鶏の糞は「鶏矢白」と呼ばれ、熱を冷ましたり毒を解毒するために使われた。

また、野ウサギの乾燥した糞は「望月砂」と呼ばれ、体の毒素を排出する効果があるとされていた。さらに、コウモリの糞は「夜明砂」として漢方薬に取り入れられ、特に夜盲症など目の疾患に使われていたという。

ただし、現代の目で見ると、こうした材料には衛生面で大きな問題がある。

特に近年では、新型コロナウイルスの流行がコウモリを媒介とした可能性が指摘されたこともあり、動物由来の素材には慎重な扱いが求められている。

人間の排泄物も!?

画像 : イメージ

動物の排泄物だけでなく、人間の尿や大便が漢方薬として使用されていた記録も多い。

代表的なものをいくつか紹介しよう。

人中白

人中白(じんちゅうはく)」は、人間の尿を材料にした漢方薬の一種である。

尿は、体内の毒素を排出する役割があると考えられ、古代では特に炎症や熱を伴う症状の治療に用いられた。使用される尿は誰のものでも良いわけではなく、主に子供の尿が適しているとされた。これは、子供の尿が清潔で、毒性が少ないと考えられていたためである。

製造工程も独特で、尿を陶器や土器に入れ、数日から数週間放置して発酵させる。その後、乾燥や煮詰めを経て粉末化し、最終的に薬材として使用された。完成品は粉末状で、直接服用したり、他の薬材と調合して用いられた。

効果について科学的な裏付けはないものの、古代の人々は「尿には体のエネルギーが残っている」という迷信的な考えから、健康維持の一環として利用された。

人中黄

さらに大胆な例として「人中黄(じんちゅうこう)」がある。

画像 : 甘草(生薬) wiki c
Hanabishi

この薬は人間の大便を基にしたもので、甘草(かんぞう)と混ぜて作られた。

具体的には、甘草を肥溜めに浸し、数ヶ月間発酵させた後、乾燥させて粉末化するという工程を経る。これも解毒や炎症の治療に効果があると信じられていた。

興味深いのは、古代の製法では特に大便の鮮度や保存方法にこだわり、汚染を避けるための工夫がなされていた点である。例えば、特定の季節に採取したものを使用し、異物を除去する工程を徹底していた。

金汁

中でも特筆すべきは「金汁(きんじゅう)」である。この薬は特に11~12歳の男児の糞便を使用して作られた。

原料となる糞便は、冬至前後1ヶ月間のものが選ばれ、これを井戸水や泉水と赤土で混ぜ合わせ、多段階の濾過処理を行った後、陶器に密封して地下に埋められる。

金汁の熟成には最低10年、理想的には20~30年を要し、長期間の発酵を経て完成する。完成した液体は3層に分かれ、上層の浅茶色の清液が薬として使用される。金汁の効果は解熱や解毒、凉血(血液の冷却)、消斑(発疹の抑制)に特化しているとされ、特に高熱や湿毒による症状に効果的と考えられていた。

泉州の花橋亭慈済宮では、清代の光緒年間(1878年)に金汁の製法が体系化され、施薬として広く用いられていたという。

古代人の知恵

これらの薬材が使用されていた背景には、発酵による抗生物質の生成が関係している可能性がある。長期間発酵させる過程で、微生物が活性化し、何らかの抗生物質を生成していた可能性はある。これが金汁の解熱や解毒作用の一部に寄与していたのではないかという仮説も提唱されている。

人間の排泄物を薬として使用するという発想は、現代の視点からは奇異に映るかもしれない。

しかし、古代人にとっては限られた材料を最大限に活用する知恵の一つであった。現在、これらの製法はほとんど失われつつあるが、一部の研究者はその文化的・歴史的価値に注目している。

参考 : 『金汁、人中黄入药考究 世界华人消化杂志』『中医百科』他
文 / 草の実堂編集部

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