
画像:地獄の門 photo AC
中央アジア南西部に位置するトルクメニスタンには、「地獄の門」と呼ばれるメタンガスが湧き出る巨大なクレーターがある。
正式には「カラクムの輝き」もしくは「ダルヴァザ・クレーター」と命名されているが、その禍々しい見た目から「地獄の門」という通称の方が有名になってしまっている。
何せ「地獄の門」は直径約70~90m、深さは約30mもあり、さらにこの巨大クレーターの中では可燃性ガスが絶えず湧き続けている上、そのガスを燃料にして赤赤常に燃え続けているのだ。
まるでこの世のものとは思えない絶景が評判を呼び、今やトルクメニスタンの観光名所となっている「地獄の門」だが、現在はある理由によりトルクメニスタン政府が閉鎖を検討し始めているという。
今回は、油田開発が生んだトルクメニスタンの観光名所、ダルヴァザの「地獄の門」について触れていく。
地獄の門が位置する場所

画像:地獄の門 遠景 photo AC
ダルヴァザの地獄の門は、トルクメニスタンの首都・アシガバードから約260km北上した辺りにあるアハル州ダルヴァザ付近の、カラクム砂漠の中ほどに位置している。
トルクメニスタンは豊富な石油や天然ガスを埋蔵する国として知られているが、この地は天然ガスの埋蔵量が特に多く、その規模は世界最大級といわれている。
国土のほとんどは砂漠地帯だが、1993年から2019年まではトルクメニスタン国民は豊富な天然資源のおかげで電気、天然ガス、水道などのインフラを無料で利用できていたというほどだ。
中央アジアの中でも経済的に豊かで、隣接するイランやアフガニスタンなどの近隣諸国に比べれば、治安が比較的安定している国とされている。
ただ、トルクメニスタンには世界遺産にも登録されたシルクロード遺跡などの観光資源はあるものの、観光業はそれほど発展していない。
そんなトルクメニスタンにある地獄の門だが、中央アジアの観光地の中でも指折りの人気観光地となっている。
地獄の門を目当てにダルヴァザを訪れる観光客のために、周囲にはパオと呼ばれるモンゴル式のテントも設置されており、宿泊することができる。
地獄の門が開いた原因

画像:夜明けの地獄の門 photo AC
ダルヴァザの地獄の門は天然のガス田ではあるが、自然に火が点いて燃え始めたわけではない。
トルクメニスタンの地理学者によれば、まだトルクメニスタンが旧ソビエト連邦の構成国であった1971年、この地を訪れた旧ソ連の技術者たちが油田開発を行うために、地下のオイルの貯蔵量を調査しようとしたという。
その調査を始める準備として、石油を採るための井戸を掘る装置(掘削リグ)を設置し、予備調査で見つかった洞窟には天然ガスが埋蔵されていることも発覚した。
しかし、採掘を行う過程で洞窟が崩落してしまい、採掘装置や野営地は砂漠にできたクレーターの中に呑み込まれてしまった。
この崩落によって、洞窟からは人体に有毒なメタンガスが放出されるようになり、近隣にある町にも危険が及ぶ可能性が生じてしまったのだ。
技術者たちは苦肉の策としてクレーターの中に火を放ち、湧き続けるガスが自然に燃え尽きるのを待つことにした。
しかし、数週間でガスは燃え尽きるだろうという彼らの予想に反して、ガスの湧出は止まらず、クレーターに放った炎が消えることはなかった。
やがて旧ソ連が解体され、トルクメニスタンが独立を果たした後も、地獄の門をふさぐことはできず、以降50年以上に渡り燃え続けているのだという。
実はこのクレーターがいつ頃から在ったのかや、初期のクレーターの状態については、確かな記録が残っていない。
1960年代には既にクレーターが崩落していたという説や、1980年代までガスは燃えていなかったという説もある。
何せ「地獄の門」ができた経緯についての詳しい記録や資料が公表されていない、もしくは残されていないというのである。
地獄の門は世界に知られる存在に
「地獄の門」の内部では人体に有毒な可燃性ガスが噴出し燃え続けているので、当然人間が容易に足を踏み入れられる状態ではなく、人間以外の生物もそうやすやすと生息できるような環境でもない。
だが人間の好奇心と探求心は、地獄の門が地下に秘める天然ガスの量よりも無尽蔵なものである。
2013年11月6日、ギリシャ系カナダ人の探検家ジョージ・コロニスが、特殊な耐火服を着てこの地獄の門の内部に初めて足を踏み入れた。
コロニスは地獄の門の底部の土壌サンプルを採取して調査した。その結果、地獄の門内部の煮えたぎる泥の中に極限環境微生物が生息していることを発見したのだ。
コロニスの危険な挑戦の様子は、2014年7月16日に放送されたナショナルジオグラフィックの番組「Die Trying」で放送された。
このコロニスの勇気ある挑戦がきっかけとなり、地獄の門の存在が世界中に知れ渡ったのだ。
地獄の門が閉じられる可能性

画像:地獄の門 photo AC
今や世界的な観光地として知られる地獄の門だが、10年以上前からトルクメニスタン政府は地獄の門の封鎖を検討しているという。
2010年4月、トルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領がこの地獄の門を訪れ、クレーターの封鎖を命じた。
ベルディムハメドフ大統領は、自国に豊かさをもたらすはずの天然ガスが、無尽蔵に消費され続けていることを問題視したのだ。
2013年には地獄の門を含むカラクム砂漠の一部が自然保護区に指定され、2019年にはベルディムハメドフ大統領の国民に向けたパフォーマンスの舞台に利用されたりもしたが、2023年には米国政府とトルクメニスタン政府との間で協議が行われ、地獄の門のメタンガス排出源を封鎖する方法が話し合われた。
具体的な封鎖の方法はまだ決まっていないものの、近いうちに地獄の門が閉じられる可能性は低くはない。
トルクメニスタン政府は地獄の門を、数少ない貴重な観光資源でありながら、温暖化を促進するメタンガスを排出し続けてしまう負の遺産とも見なしているという。
地獄の門の未来はいまだ不明瞭だが、肉眼で一度でもその「地獄のような絶景」を見たいという人は、できるだけ早く旅の計画を立てた方が良いだろう。
参考文献
詩歩 (著) 『死ぬまでに行きたい! 世界の絶景』
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部
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