優しすぎた海獣
かつて18世紀の太平洋最北部ベーリング海には「ステラーカイギュウ」と呼ばれる哺乳類が生息していました。
この動物は厳しい寒さを誇るベーリング海とは裏腹に、とても大人しく警戒心を抱かないという心優しい生き物でした。
しかし、その優しさが仇となり、人間によって絶滅させられてしまったという悲しい歴史が存在します。
優しすぎた海獣ステラーカイギュウの絶滅の歴史をご紹介します。
ステラーカイギュウの生態
ステラーカイギュウは、寒冷適応型のカイギュウ類(ステラーカイギュウ亜科)で、ベーリング海を住処としていました。
体長は7メートルを超え、一説には最大8.5メートルに達しており、体重も5~12トンあったと言われています。(※ちなみにゾウの体長が約5~8メートルです。)
しかし、その巨体のため泳ぎはあまり得意ではなく、潜水もほとんど出来なかったので、海面に浮かぶボートのように漂いながら泳いでいたようです。
主食は寒冷な海に育つコンブなどの海藻類。体を大きくし、大量の脂肪を蓄えて越冬するのですが、春まで絶食状態になるので、この時期のステラーカイギュウはガリガリに瘦せ細った姿になります。
ちなみに、ステラーカイギュウ以外の種族は人類の有史以前に絶滅しているため、ステラーカイギュウ以外の寒冷型カイギュウは存在しません。
ベーリング探検隊
一方、1725年にロシア帝国のピョートル大帝はヴィトゥス・ベーリングにカムチャツカ・オホーツク方面の調査を命じます。
ベーリング率いる探検隊はユーラシア大陸とアメリカ大陸が地続きであるのか調査に向かいますが、第一次探検隊はベーリングの病気が悪化したため5年後に撤退。そして1733年にアメリカ大陸北部沿岸の調査のためベーリングは再び探検に出発します。
ベーリングらはアリューシャン列島の島々の発見に成功しますが、1741年にベーリングらが乗船する聖ピョートル号は嵐に遭い、コマンドル諸島の無人島に座礁してしまいます。
さらに、乗船員たちは壊血病と飢えと寒さにより半数以上が死亡し、リーダーであるベーリングまでも死亡してしまい、部隊は壊滅の危機に陥ります。
新たにリーダーとなった医師のゲオルク・シュテラーも、もはやこれまでと思ったとき、シュテラーたちは奇妙な生物と遭遇します…。
探検隊とステラーカイギュウ
シュテラーが海岸で発見した奇妙な生物こそステラーカイギュウでした。(※ちなみにステラーカイギュウの「ステラー」は発見者であるシュテラーから名付けられた)
この生物はシュテラーら船員たちに何の警戒心も抱かず、むしろ近寄って来る有様で容易に捕獲が可能でした。
飢えに陥っていたシュテラーたちは早速ステラーカイギュウを解体し、食べてみるのですがこれが思っていた以上に美味で、以下のように感想を残しています。
その肉は子牛に似た味と食感をもっており、脂肪は甘いアーモンド・オイルのような味がする。
また、その肉は食料としてだけでなく、皮はベルトやマントに利用でき、脂肪もランプの代わりとして使用できたため、ステラーカイギュウは遭難者一行にとって大切な資源となりました。
ステラーカイギュウによって生き長らえることに成功したシュテラーら遭難者一行は翌年に脱出を決行し、10カ月の航海の末にカムチャツカのペトロパブロフスクに見事帰還します。
英雄として迎えられたシュテラーたちは、無人島にてステラーカイギュウによって救われたことを人々に報告するのですが、このシュテラーの報告は不幸を呼び起こすことになってしまいます。
押し寄せるハンターたち
シュテラーの話はあっという間に世間に広がり、一攫千金を目論むハンターたちはコマンドル諸島に押し寄せます。
何の抵抗力を持たないステラーカイギュウはハンターたちによって簡単に捕らえられてしまいます。
またステラーカイギュウは仲間が傷つくと、それを助けようと仲間が何頭も寄って来るため、その習性をハンターたちに利用されて一網打尽にされてしまいました。
さらに、何トンにもなる巨体を陸まで運ぶことは難しいため、ハンターたちはカイギュウをモリなどで傷つけておいて、海上に放置します。
これは出血多量により死亡したカイギュウの死体が岸に打ち上げられるのを待っていたのですが、波によって岸まで運ばれる死体は多くはなく、殺されたステラーカイギュウのうち、ほとんどは海の藻屑となってしまいました。
絶滅
シュテラー達がステラーカイギュウと出会ってから約27年後の1768年のことです。
かつてシュテラーと共に行動していた船員らが、再びコマンドル諸島を訪れ、数匹のステラーカイギュウを見つけます。そして…
まだカイギュウが2、3頭残っていたので殺した…
この発言の後、彼らがステラーカイギュウを見ることは二度とありませんでした。
この2~3頭がこの世に存在した最後のステラーカイギュウだったのです。
1962年7月のベーリング海でソ連の科学者が6頭の見慣れぬ巨大な海獣を見たとされていますが、それがステラーカイギュウなのかは残念ながら分かっていません。
人間を助けたことで、人間に滅ぼされてしまった優しき海獣は本当に絶滅してしまったのでしょうか…。
バカな事をするのは、いつの時代も人間です。宇宙時間のなかでは、人類もほぼ一瞬で絶滅するようです(byホーキング)