人間は誰もが長寿を願いますが「死」だけは避けられません。でも、それは現代の話。医療は日々進歩していて、いつか死すら克服できたとしたらどうしますか?
現在ウクライナとの戦争で世界中から注視されているロシアには、そんな夢のような話に一縷の望みをかけて眠る人々がいます。
窒素漬けの遺体たち
モスクワから北へ約2時間。そこには小さい白い倉庫があって、2021年11月の段階で、82人の遺体が収められています。
その多くは自然死をむかえた高齢者のものですが、生前に本人の意思でここに眠るようになったそうです。
しかし埋葬されているわけではありません。それらの遺体は血液を完全に抜かれて、マイナス196℃の液体窒素に漬けられて、いつの日か蘇生される可能性を待っています。
これはれっきとしたビジネスで、遺体は36,000ドル(約385万円)、頭部だけなら18,000ドル(約193万円)で遺体を冷凍保存しているのだとか。他には「ペットの冷凍保存」「DNDの保存」サービスもあります。
基本的に保管の期間は100年ですが、22世紀になって蘇生の可能性が見えてきたら延長される可能性もあります。
この冷凍保存ビジネスはロシアの「クリオルス社」が、「トランスヒューマニズム(超人間主義)」という倫理をもとに始めたもので、例えガンなどの病で亡くなっても、未来の進歩した医学でなら蘇生できるかもしれないという考えでした。
クリオルス社 公式ページ
https://kriorus.ru/en
神を超えた技術
クリオルス社では20年ほど前から遺体保管ビジネスを手掛けていて、今でも契約が続いています。
顧客はロシアだけでなく、アメリカやヨーロッパ、アジアなど諸外国にまで広がっており、前述したように人間だけでなくペットの遺体も取り扱います。
同社では人体が死後の変化を起こす前に冷凍保存処理をします。そして医学の進歩により、蘇生方法が発見されるまで「仮死状態」にしておくのだそうです。でも実際はすでに亡くなった方たちです。
生前の冷凍睡眠ならまだしも、亡くなった方の蘇生までは無理な気がしますが、どうも本気で意識や人格まで再生できる日が来ると信じているようです。
ということは脳も蘇生しないといけないわけですが、脳の仕組みが分かるようになれば電子チップに置き換えて蘇生した人体に埋め込むこともあるといいます。
現代の倫理観では、遺体の冷凍保管でもギリギリセーフだという気もしますが、それを甦らせるとなるとまさに「神を超えた技術」となり、倫理的にも大きな波紋を呼ぶことになりそうです。
ロシア宇宙主義
現在は治療法がない病気でも、将来的には克服できるはずという考え方は、昔からありました。
その考えを、20世紀のはじめにロシアの哲学者ニコライ・フョードヴィチ・フョードロフたちが明確な言葉にしました。。
「ロシア宇宙主義」といいますが、それが100年以上の時を経て、「トランスヒューマニズム(超人間主義)」へと姿を変えました。これは単純に死を克服できるという考え方だけでなく、技術の進歩は人間の限界を超えることができるという点も含まれています。
例えば、オルガ・レヴィツカヤさんというトランスヒューマニストの神経生物学者がいますが、彼女は怪我をした患者さんも科学を駆使した特殊なスーツを身に付けることで、リハビリの助けになると語ります。
これも「科学力で人間の限界を超える」という点ではトランスヒューマニズムに含まれるということです。
冷凍睡眠説が囁かれる有名人
そして過去にも冷凍睡眠を望み、当時の技術で眠りについていると噂される人物たちもいます。
アドルフ・ヒトラーは、自殺したとのことでしたが遺体は見付かっていません。そこで終戦前にナチスを支持していた南米へと渡り、冷凍睡眠に入ったという説もあります。さらにそのカプセルは南極に運ばれ、今もナチスの秘密基地で眠っているという噂まであります。
また、ウォルト・ディズニーも死を恐れた人物でした。
ウォルトがフロリダに「ディズニー・ワールド」を開園した後、「実験的未来都市(Experimental Prototype Community of Tomorrow)」、通称「Epcot(エプコット)」を計画していました。この頃にはウォルトも老齢で、周囲に死に対する恐れを語っていたそうです。
彼もまた、冷凍睡眠によって未来に希望を持ちながら眠っているひとりだという噂があります。
ウォルトの場合も家族以外に遺体を見たという人物がいないため、こうした噂が広まりました。
日本人女性も一人冷凍保管されている
日本人でも女性が一人、冷凍保管されています。
2014年10月28日に西川美穂子さんという方が冷凍保管されました。(※亡くなった当時87歳)
中小企業を経営する息子さんからの依頼で、東京のある葬儀社でドライアイスによる冷凍処理を行い飛行機で輸送し、約一ヶ月後に冷凍保管されました。
ドライアイスのブロックは蒸発せず、必要な温度を維持していたそうです。
科学的なコールドスリープ
ヒトラーもウォルトも亡くなる前に冷凍睡眠に入ったという噂ですが、それならば科学的にわずかな望みがあります。
というのも、冷凍睡眠(コールドスリープ)の技術は将来「宇宙飛行のための技術」として科学的に研究されているからです。
人間の体を低体温状態に保つことで老化を防ぎ、はるかな宇宙旅行を行うことができる。何しろ、太陽系外へ人類が向かうとしたら、巨大な宇宙船で何世代も重ねて移動するか、コールドスリープをするかしか方法がありません。
フィクションの世界でも「アバター」や「インターステラー」などで登場してますね。
でも、残念なことに現段階で冷凍保存から甦ったという人はいません。それには病気だけでなく、死者を甦らせるという魔法のような科学力が必要になります。
SF作家アーサー・C・クラークの法則によれば「十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない」ということなので、魔法が現実になるまで彼らは眠り続けていたのでした。
この記事へのコメントはありません。