
画像:『賢者の石を求める錬金術師』ライト・オブ・ダービー作(1771年) public domain
誰が言い出したのか不明だが、ロンドン(イギリス)、プラハ(チェコ)、サマルカンド(ウズベキスタン)は三大魔術都市と呼ばれている。
藤田和日郎(著)の人気コミック『からくりサーカス』は、魔術の一種である「錬金術」が重要な要素として登場するが、重要キャラクターである白銀と白金の兄弟は、プラハで錬金術の修業に明け暮れていた。
舞台がロンドンでもサマルカンドでもなくプラハなのは、歴史的事実として16世紀の神聖ローマ皇帝でボヘミア(現在のチェコの前身)王ルドルフ二世が芸術や学問を保護し、とりわけ錬金術を好んだためだ。
ルドルフ二世は、多くの錬金術師を庇護した。
その名残として、彼が居城としたプラハ城域内には錬金術師の工房を再現した建物が残っており、プラハ市内には錬金術博物館というニッチな博物館がある。
プラハにはユダヤ人街があり、新旧シナゴークは歴史名所の観光スポットであると同時に、ユダヤの伝承に登場する怪物・ゴーレムの伝説もある。さすがは三大魔術都市である。
錬金術とは、鉄や銅などの卑金属を黄金に変えようと試みた魔術の一種で、12世紀以降のヨーロッパで大流行した。
魔術あるいは魔法と呼ばれるものは数あれど、錬金術は特にフィクションでよく見る魔術の一つだ。
前述の『からくりサーカス』のほか、人気コミック『鋼の錬金術師』、『武装錬金』はタイトルそのまま。
『ライザのアトリエ』を初めとする人気ゲーム「アトリエ」シリーズは錬金術がモチーフ、『Fate』シリーズではアインツベルン一族を初め数多くの登場キャラクターが錬金術を修めている。
今回はフィクションで大人気の魔術「錬金術」について、その歴史と発展を紐解いていきたい。
錬金術の歴史 古代エジプトからギリシャ、中世アラブ世界へ

画像:ヘルメス・トリスメギストスの絵。錬金術は「ヘルメスの術」(hermetic art)とも呼ばれている。 Pierre Mussard – ポーランド国立図書館 public domain
後に西洋魔術の代表格のような存在になる錬金術だが、その起源は意外にも古代エジプトの技術にある。
これは金を錬成する手段と言うより、むしろ現代の科学に近く、物質から金を取り出す方法、いわゆる冶金の技術だった。
当時の職人の手によって技術は磨かれ、壁画などで後世に伝えられていった。
『Fate』シリーズに登場するアトラス院は錬金術の学び舎だが、エジプトのアトラス山を根拠としていると設定されている。
西洋魔術の代表格のような存在の錬金術なのになぜエジプト?と思われた方も少なくないのではと思うが、錬金術のルーツがエジプトにあることを考えるとむしろ自然な設定と言えるだろう。
エジプトの技術はやがて古代ギリシャへと渡った。
この時代の錬金術は金を取り出す手段を応用して、宝石を生成する技術が主だったようだ。
3世紀ごろに書かれたとされる『ライデン・パピルス』は古代エジプトとギリシャの錬金技術を伝える写本で、101におよぶ実践的な処方が収められている。
ギリシャにおいて思想の根幹を成しているのはヘルメス主義で、ギリシャの神人ヘルメス・トリスメギストスの著したエメラルド板は錬金術の聖書として崇拝されている。
しかし、古代ギリシャ世界で発展した錬金術は、後世のキリスト教世界においてはしばしば黒魔術と見なされ、警戒の対象となった。
当時の人々からすると、錬金術のいかにも怪しげな実験はいかがわしい行為に見えたのだろう。
そして古代ギリシャから時代は飛び、中世のイスラム世界で錬金術は発展する。
錬金術(alchemy)、蒸留酒(alcohol)、蒸留器(alembic)など錬金術に関わる用語にalがつくのは、alがアラビア語の定冠詞だからだ。
その後、11世紀末に始まった中近東への十字軍遠征により、イスラム世界で発展した錬金術がヨーロッパに伝わる。
12世紀中ごろには流行し始め、13世紀にはロジャー・ベーコン、アルベルトゥス・マグヌス、トマス・アクィナスといった大学者たちが錬金術を承認する。
前述の通り、16世紀の神聖ローマ皇帝ルドルフ二世は錬金術師を庇護したため、さらに錬金術は発展し、ルネサンスには最盛期を迎える。
伝説的な錬金術師パラケルススやニコラ・フラメルは、その代表的存在である。
錬金術と科学

画像:錬金術で使用されたバン・マリ Ulstadius, Philippus – Science History Institute public domain
錬金術師はオカルトなアプローチをする者もいれば、科学的なアプローチをする者もいた。
意外かもしれないが、天文学者のティコ・ブラーエや、科学史上の偉大な発見をしたアイザック・ニュートンは科学者であると同時に錬金術師でもあった。
ブラーエは「排尿を我慢しすぎて死んだ」という笑うに笑えない逸話で知られているが、本当の死因は錬金術の研究で多用した水銀による中毒との説もある。
ちなみに彼は前述のルドルフ二世の庇護を受けていた。
錬金術はオカルトの技であると同時に重要な化学の発見も生み出している。
人気コミック『Dr.STONE』でも言及されていたが、イスラム世界の錬金術師ジャービル・イブン・ハイヤーンやアル・ラーズィーは、後に硫酸の製造法へとつながる化学操作を記録している。
このように、錬金術には科学としての側面もあったため、薬学や医学の要素も含まれている。
伝説的な錬金術師パラケルススは、ファンタジーの世界では単に錬金術師として登場するが、医学の進歩にも多少の貢献をしている。
鍼治療やホメオパシーなどの非主流医学の効果を検証したサイモン・シン、エツァート・エルンスト(著)のノンフィクション『代替医療解剖』にパラケルススの残した文献が引用されているのを見て筆者は少しばかり驚いたが、パラケルススは魔術師であると同時に医師でもあり、錬金術はオカルトであると同時に科学の要素もある。
そう考えると、理系ノンフィクションにパラケルススの名前が出てくるのもそう場違いとも言えないだろう。
錬金術には医学や薬学の要素もあったわけだが、錬金術師はどのような薬を錬成していたのだろうか?
現代の常識に照らし合わせると驚きなのだが、代表例はアルコールである。
飲酒が体に悪いことは今では常識だが、中世世界においてアルコールは万病に効果があると信じられていた。
科学的な根拠はもちろん無い。
古代の人々からするとアルコールが醸造される「発酵」も、アルコール摂取によって発生する「酩酊」も理屈が解らず神秘的だったので、神秘的な効果があると考えたのではないかと筆者は推測している。
蒸留は錬金術にとって重要な技術だが、蒸留をすることでアルコールの濃度を高めることが出来る。
となると、蒸留によってアルコール度数を高めた蒸留酒が、より高い薬学的効果を発揮すると思い込むのは当然の帰結だろう。
液体を蒸発させてから再び凝結させる蒸留法は古代オリエント世界ですでに知られており、当初は香料や薬剤の精製に用いられていた。
ワインを蒸留させる習慣を取り入れたのは中世のアラブ社会だ。
化学の父の一人とされるアラビア人学者、ジャービル・イブン・ハイヤーンは蒸留器を考案し、他のアラビア人錬金術師たちとともにワインを初め様々な物質を蒸留した。
後に蒸留酒は西洋世界で重要な経済源となるが、最初にワインを蒸留した禁欲的なアラビア人学者たちはこれを飲み物ではなく、錬金術の原料、または薬と見做していた。
西側世界で蒸留による製法で薬を作ったのが12世紀イタリアの錬金術師ミカエル・サレルヌスである。
当初、蒸留したワインには火がつくことから「燃える水」を意味する「アックア・アールデーンス(aqua ardens)」という名で呼ばれた。
13世紀後半、大学と医学校がヨーロッパ中に数多く設置されるなか、蒸留したワインは数々のラテン語の医学専門書で「アックア・ヴィータ(aqua vitae)」=「命の水」と呼ばれ奇蹟的な力を持つ新たな薬として称賛された。
『からくりサーカス』に登場した、アクア・ウィタエは万能の霊薬という設定になっていたが、設定の元ネタはこのアックア・ヴィータだろう。
余談だが、代替医療の一種であるハーブ療法にも魔術としての側面がある。
セントジョンズワート(セイヨウオトギリソウ)は中世では悪霊を遠ざける魔法のハーブとされており、軒に吊るしておくことで効果を発揮すると信じられていた。
セントジョンズワートは外界の悪霊を退散させると考えられていたことから、古代のヒーラーたちは、人を病気にさせる内なる悪霊も退散させてくれると考えたのだろう。古代では坐骨神経痛、関節炎、月経痛、下痢などの治療に用いられていたことが知られている。
この植物が精神症状の治療にも使われていたとわかるのは、16世紀になってパラケルススがそれについて書かれた最初の文献を残してくれたおかげである。
セントジョンズワートは、現代では軽から中程度の抑うつ状態に一定の有効性を示す研究結果が報告されている。
人気コミック『魔法使いの嫁』には魔法使いのエリアスやチセが客に薬を提供している描写が度々あるが、そのモチーフになっているのは魔女のハーブ療法だろう。
アイルランドの魔女、ビディ・アーリーは19世紀のアイルランドで魔術を使ったとして告発されたが、彼女の処方する薬はよく効くと評判だったそうだ。彼女は現在ではハーブ療法士として評価されている。
錬金術の最奥「賢者の石」

画像 : 晩年のパラケルスス public domain
ヨーロッパ錬金術における集大成が、おそらく多くが名前ぐらいは聞いたことがあるであろう「賢者の石」だ。
『ハリー・ポッターと賢者の石』の「賢者の石」である。
賢者の石は別名「哲学者の石」とも呼ばれ、黄金変成だけでなく不老不死も可能にする万能の石だ。
石と呼ばれているが、粉末状であったり、液状であったり形態はさまざまだった。
伝説的な錬金術師、ニコラ・フラメルは賢者の石の製造に成功したという伝説がある。
賢者の石のルーツは中世アラブ世界で考案された万病を癒し、黄金変成を可能とする霊薬「エリキサ」で、原料として硫黄と水銀が用いられれた。科学的には硫化水銀に該当する。
中国には錬丹術という錬金術に似た魔術があるが、錬丹術でも水銀は重要な存在だった。
不老不死を目指した秦の始皇帝は水銀中毒で亡くなったという説があるが、より正確には中国版賢者の石とも呼ばれている辰砂を口にしていたのだろう。
賢者の石と似たものも生み出された。それはパラケルススの考案した「アルカヘスト」だ。
アルカヘストは万物を融解し、第一質量に還元する物質だ。
『からくりサーカス』に出てきた錬金術の集大成「柔らかい石」は「万物を融解させる」との設定だったが、おそらくこのアルカヘストを基に設定されたのだろう。
もっとも仮にそんなものが存在したら「どうやって保存するんだ?」という話になってしまいそうだが、やはり当時でも同じツッコミを入れた者は相当数いたようで、他の錬金術師たちにアルカヘストはあまり支持されなかったようだ。
『からくりサーカス』の柔らかい石は人間の体内になら保存できる設定になっていた。
安易に出し入れが出来ない、絶妙な設定である。
パラケルススは人工生命であるホムンクルスの生成にも成功したと言われている。
フィクションに登場するホムンクルスは普通に外に出て活動するが、一説によるとホムンクルスはフラスコ内でしか生存できなかったそうだ。
錬金術には科学としての側面もあったが、本格的な科学の進歩によって廃れてしまった。
現代科学と錬金術の成果を比較すると当然の結果のように思える。
古代ギリシャの錬金術師は宝石を生成したが、現代科学は安価な人工ダイヤモンドを大量生産できる。
コストがかかりすぎるため実用化されていないが、人工的に核融合を起こせば金を作り出すことは可能だ。
ホムンクルスはフラスコの中でしか生存できないが、研究所で生まれたクローン羊のドリーは研究所の外でも生きていた。
実は科学は魔術の上位互換なのかもしれない。
参考:
草野巧『図解 魔術の歴史』レッカ社『中二病大辞典』澁澤龍彦『秘密結社の手帖』
トム・スタンデージ『歴史を変えた6つの飲物 ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラが語る もうひとつの世界史』サイモン・シン、エツァート・エルンスト『代替医療解剖』
文 / ニコ・トスカーニ 校正 / 草の実堂編集部























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