2023年、スペインで発見された一人の女性の頭蓋骨から、複数回の頭蓋骨手術(以降、開頭手術)を受けた形跡が発見された。
この手術は4500年以上も前の銅石器時代に行われたにもかかわらず、女性は2回にわたる開頭手術を乗り越え、生き延びたという。
この発見は、先史時代の外科医療技術の高さを示す貴重な事例といえよう。
発見の経緯
カラバカ・デ・ラ・クルス(Caravaca de la Cruz)在住の研究チームが解析した結果が、国際古病理学会の学術誌に発表された。
対象となったのは、スペイン南東部に位置する銅石器時代の集団墓地「カミーノ・デル・モリーノ(Camino del Molino)」で出土した銅石器時代の人骨である。
そのうちの一人、35〜45歳と推定される女性の頭蓋骨に、2つの穴が確認された。1348体もの人骨が出土しているこの遺跡で、開頭手術の形跡が見つかったのは今回が初めてのことだ。
頭蓋骨の所見
女性の頭蓋骨には、右の鼓膜から頭頂部にかけて2つの穴が確認された。
大きさはそれぞれ、長さ31ミリ×幅53ミリと、長さ12ミリ×幅32ミリで、2つの穴は部分的に重なっている。
これらの穴周囲にヒビや骨折など外傷がないことから、両方とも開頭手術に伴う人為的なものであると判断された。
どのように手術が行われたのか
穴の形状と、穴の壁面が斜めの方向を向いていることから、研究者は頭蓋骨に穴をあける際に、削る・すり減らすような技術が用いられたと判断した。
つまり、ドリルなどの道具ではなく、「石や骨で作った刃物を頭蓋骨にこすりつけるようにして、徐々に穴を開けていく技術」が使用されたと考えられる。
そのような方法で頭蓋骨に穴を開ける手術は非常に痛みを伴うので、患者を他の人が押さえつけて動かないように固定したか、鎮痛剤や麻酔剤のような薬を事前に使い、痛みを感じないようにしたと推定される。
生存の証拠
頭蓋骨に確認された骨の癒合状態から、驚くべきことに女性は最初の手術と2回目の手術の双方を生き延び、少なくとも2回目の手術から数カ月は生存していたことが裏付けられた。
生存期間から判断して、術後の合併症などで死亡することはなかったと考えられている。
その証拠として、女性の頭蓋骨には治癒した骨が見られた。
史前時代(文字の記録が残っていない時代)の外科手術は珍しく、特に「頭蓋の側頭部」で行われることはまれである。
「頭蓋の側頭部」とは耳の周りの領域で、頭皮を通してアクセスするのが難しいため、手術を行うのが困難だ。さらに、この領域には多数の血管と筋肉があり、手術中に出血する可能性があるため、史前時代の外科医はたとえ手術を行ったとしても側頭部は避けたと考えられている。
イベリア半島では、頭蓋骨の前頭部と頂部で開頭術が行われることが一般的だった。これらの領域は、頭皮を通してアクセスしやすいため、手術を行うのが比較的容易であるためだ。
前述した外科手術方法は、ドリルを用いるよりも、はるかに成功率が高く安全だったという。古代の外科医は通常、軟膜や脳に傷をつけず、術後の潜在的な感染のリスクを低減した。
さらに滅菌した器具と天然の抗生物質を持つ植物を使用することで、感染を抑えるのに役立った可能性がある。
手術目的が不明確
残念ながら、女性が手術を受けた理由については分かっていないという。
女性の骨格には、治癒した肋骨骨折といくつかの虫歯が見つかったが、これらの症状はおそらく無関係と考えられる。
両耳の穴のすぐ後ろにある骨に、左右同じ位置に空いた穴は、中耳炎や乳突炎の痛みを和らげるために、乳突骨の一部を切除する手術をした痕跡と考えられている。
しかし、研究者は遺跡(Camino del Molino)で出土した銅石器時代の遺骨にみられる外傷の多さから、「外傷を治療するために手術が行われた可能性もある」と述べている。
さいごに
4500年以上も前に開頭手術が行われ、生存例もあったことが今回の女性の事例から明らかになった。
手術の目的など不明な点も多いが、医療技術の進歩を示す貴重な発見だ。
今後の研究で、手術目的の詳細解明や、類似事例の収集が期待されている。
参考 : sciencedirect
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