安土桃山時代

前田利家【信長の小姓、槍の又左、浪人、数々の逸話】

槍の又左衞門の異名

前田利家

※前田利家

前田利家(まえだとしいえ)は織田信長・豊臣秀吉の2人の天下人に仕え、その若き頃からの槍働きで加賀100万石を掴んだ剛勇の武将・大名です。

戦国一の傾奇者としても有名な人気漫画「花の慶次」の主人公・前田利益(慶次郎)は甥にあたり、その作品中では利益の奔放な生き方に腐心し、配下の忍びを使って亡き者にしようとする小心な人物のように描かれていました。

しかし若き頃の利家は「槍の又左衞門」と呼ばれ、三間半(約6m30cm)もある長槍を振り回す荒武者でした。
今に伝えられる利家の逸話を少し調べてみました。

初陣からの武功

利家の武功はまだ信長の小姓であり、元服前の前田犬千代を名乗っていた時の初陣から伝えられています。

信長より3歳程年下だった利家は、初陣の萱津の合戦において自らで朱塗りした三間半の長槍で見事敵の首級を挙げ、信長をして「肝に毛が生えている」とその豪胆さを称えられたと伝えられています。

また利家は後に石山本願寺との戦において、味方を退却させるため春日井堤にたった一人で仁王立ちして長槍を振るい「日本無双の槍」とも呼ばれたと伝えられています。

信長の寵愛を受けた 前田利家

※織田信長

利家の体躯は、残されている着物などから約6尺(180cm)前後はあったものと考えられており、堂々たる武者振りであったことが窺われます。
信長の小姓を務めていた際には、衆道の対象でもあったことが「亜相公御夜話」に記されていることから、容貌も秀麗な美童であり、その面からも信長の寵愛を受けたものと考えられています。

名刀「大典太」の下賜

前田家には天下の名刀「大典太」が伝えられています。

これは足利将軍家に伝えられていたものを秀吉が受け継ぎ、利家に下賜されたものと伝えられています。

伏見城若しくは坂本城で深夜に霊が出るという噂がまことしやかに語られた際に、利家自らがその真偽のほどを確かめるために一晩を過ごしたとされ、その行いを聞いた秀吉から下賜されたとの逸話が残されています。こうした部分からも剛毅で泰然とした利家の人物像が窺える逸話として伝えられています。

自ら算盤を愛用

利家は武勇だけでなく意外な側面も持っていました。

それは当時、殊に剛勇の武士たるもの金勘定などとは無縁という気風が強かったであろう時代にあって、自ら算盤(そろばん)を用いて計算を行い、前田家の決済を取り仕切っていたというものです。

この時に利家が使用した算盤が現在でも残されていますが、そもそも算盤自体がその頃に日本にもたらされてすぐの頃でもあり、それを大名自らが用いる事は非常に珍しいことでした。

しかし利家は若い頃に一度信長の勘気を被って凡そ2年帰参が叶わない時期があり、その時に金銭的な苦労が身に染みたことで、自らで金銭管理を行うようになったと伝えられています。

織田家から浪人へ

利家が信長の勘気を被ったのは、信長の茶坊主であった拾阿弥が利家の笄を盗んだ上、利家を侮った事件が原因です。利家は激怒しましたがその場は信長の命で一旦収まったかに見えました。
しかし、それを良いことに拾阿弥が利家に更に横柄な態度を見せたことから、利家が信長の目の前で拾阿弥を斬るに至り、これが元で信長の下を放逐され、以後2年に及ぶ浪人生活を強いられることになったと伝えられています。

遺言には失敗するも

※前田利長

利家は自らの死期を悟ると嫡男の利長に対し、遺言として大坂に3年間は留まることを指示しました。

しかし利長はこれに従わず、徳川家康の言を受け入れて領国へ戻り、関ヶ原の合戦でも東軍に与しました。

この判断が加賀、越中、能登の122万石を領することに繋がり、利家の遺言を無視した形にはなったものの、前田家の安寧には寄与する結果となりました。

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社会人になって「信長の野望」に嵌まり、すっかり戦国時代好きに。
野球はヤクルトを応援し、判官贔屓?を自称しています。

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