神話、物語

『中国の恐るべき鬼たち』倀鬼、縊鬼、刀労鬼の伝承

倀鬼、縊鬼、刀労鬼の伝承

画像 : 一般的な鬼のイメージ illstAC cc0

」と聞けば、二本の角に虎柄のパンツをまとい、恐ろしい形相をした怪物を思い浮かべる人が多いだろう。

ところが、中国において「鬼」とは、実は死者の魂、すなわち幽霊を指す言葉であることをご存じだろうか。

中国の伝承に登場する「鬼」は、死後もなお災いをもたらす邪悪な存在である。
それらの「鬼」は人々を恐怖に陥れ、時には深い悲劇を生み出してきた。

今回は、中国の伝承に残る恐るべき「鬼」たちについて詳しく解説していこう。

1. 倀鬼

画像 : 倀鬼 草の実堂作成

虎はネコ科最大級の動物であり、恐るべき猛獣だ。

古来より中国では、虎に食われた人間の魂は倀鬼(ちょうき)という鬼に変容すると考えられていた。
倀鬼は虎に支配された存在であり、自身の意思とは無関係に、虎が人を食うための手助けをするという。

唐の文人・裴鉶(生没年不詳)の『伝奇』には、倀鬼にまつわる次のような逸話が収録されている。

(意訳・要約)

これは長慶(唐の元号。821~824年)の時代の話である。
馬拯(ばじょう)という男が、山の上にある寺に参拝しに行ったという。

その寺の和尚は快く馬拯を出迎え、使用人に塩と乳清を買ってくるよう命じた。
使用人は山を下りて行ったが、和尚もまた、いずこかへ忽然と姿を消してしまった。

しばらくすると、馬招(ばしょう)という人物が、血相を変えて寺へ駆け込んできた。
彼は息を切らしながら語った。

「虎が人を食い、その後、坊主の姿に変身した」

なんということだ、和尚は実は虎で、使用人は哀れにも食われてしまったのだ。
このままでは我々も食われてしまうと、二人は恐れ慄いた。
しかし山を下りようにも、既に日は沈み始めている。

虎は夜目が優れている動物であり、暗闇の中で襲われれば、抵抗する間もなく食われてしまうだろう。
そこで二人は寺の食堂(じきどう。僧侶たちが食事をとる場所)に身を潜め、仏像に向かって助けを請うた。
すると、その仏像が突然、意味深な言葉を語り始めたのである。

「寅人但溺欄中水。午子須分艮畔金。若教特進重張弩。過去將軍必損心。」

二人はこの託宣を解読し、そして実行に移すことにした。

まずは「寅人但溺欄中水」…これは「虎は井戸で溺れる」という意味になる。
二人は和尚を巧みに誘導し、井戸に突き落として抹殺することに成功した。

「午子須分艮畔金」…午子とは馬拯・馬招の二人のことだ。艮の畔(ほとり)の金とは、すなわち金+艮=銀。
二人は、寺の道場にあった銀の皿を持って、山を下りた。

「若教特進重張弩」…二人は途中で、牛進という狩人と出会う。
牛進はそこら中に弩(強力な弓矢)の罠を仕掛けていた。

彼曰く、この山でたくさんの虎が暴れているので、狩りに来たという。
二人は、牛進の野営に匿ってもらうことにした。

それからしばらくすると、奇妙な幽霊の集団が現れ、罠を解体して去っていった。

「あれは倀鬼といって、虎に食わた人間の成れの果てだ。虎が快適に人を食うための、手助けをしているのだ」
牛進はそう言って、再び罠を設置し始めた。

「過去將軍必損心」…三人が野営に隠れて様子をうかがっていると、倀鬼たちと共に一匹の虎が現れた。
どうやら倀鬼たちは、この虎を「将軍」と呼び、付き従っているようだ。

だが将軍は牛進の罠にかかり、心臓を撃ち抜かれあっさりと死んでしまった。
倀鬼たちは嘆き悲しんだが、馬拯と馬招は怒りながらこう言った。

「この馬鹿どもが。虎に食われたお前らの仇を、我々が討ってやったのだぞ。感謝しろ!」

倀鬼たちは「確かに」と思い、悔い改めた。
そして将軍の死体を罵ったり蹴ったりすると、満足して次々と成仏していった。

夜が明け、二人は牛進に感謝のしるしとして銀皿を渡し、家路についたという。

2. 縊鬼

画像 : 縊鬼 草の実堂作成

縊鬼(いき)は、首つり自殺をした者が変じる鬼である。

中国における「あの世」は、現実世界と同じく厳格な管理社会とされており、快適な生活を送るには、あの世でも出世を果たさなければならないという。しかし、多くの死者は低い身分のままで、一念発起して輪廻転生を目指し、次の人生に望みを託す者も少なくない。

ところが、あの世には人口を一定に保つという厳しいルールがあり、転生を志願する者は新たな死者を現世から連れてこなければならない。

この行為は「鬼求代(ききゅうだい)」と呼ばれる。

だがこれにもルールがあり、「自分と同じ死に方をした者」以外は代わりにできないとされる。

縊鬼は現世に恨みを持つ者がほとんどであり、積極的に「鬼求代」を行い、犠牲者の数を増やす。
また、縊鬼によって首を縊らされた者も縊鬼となり、恨みを持つため、負の連鎖は終わらないのである。

3. 刀労鬼

画像 : 刀労鬼 草の実堂作成

刀労鬼(とうろうき)は、かつて江西省臨川の地に現れたとされる病魔である。

4世紀の王朝、東晋の文人・干宝(?~336年)の小説集『捜神記』にて、その存在が言及されている。

普段は山中に潜んでいる刀労鬼だが、嵐の夜になるとその姿を現し、人々を襲うと伝えられている。

この妖怪は人間を見つけると唸り声をあげ、猛毒を含んだ息を吹きかけるという。この毒息に触れた箇所は激しく腫れ上がり、患者は大変な苦痛を味わうこととなる。毒の進行は極めて速く、遅くとも半日で命を奪うとされた。

刀労鬼には雌雄の区別があり、特に雌の刀労鬼は雄よりも強力な毒を持つと恐れられた。

そのため、臨川の人々は刀労鬼に遭遇した際に迅速な対応ができるよう、日頃から準備を怠らなかったという。

参考 : 『伝記』『中国怪奇物語』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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