神話、物語

戦争が生み出した異形の存在?~兵士たちが目撃した怪異伝承

画像 : 戦争 pixabay cc0

妖怪は、昔話の中だけの存在と思われがちだ。

しかし、近代においても妖怪の目撃談は少なからず存在する。

特に「戦争」のような、無数の血が流れる地獄のごとき極限状態においては、妖怪たちは喜々としてその姿を現すようだ。

今回は、そんな戦時中に出現したとされる数々の妖怪について紹介していきたい。

1. グレムリン

画像 : グレムリンを警告する第二次世界大戦のポスター public domain

グレムリン (Gremlin) は、近代のイギリスに伝わる妖精である。

機械をいじくり回し故障させる、悪辣な存在として伝えられている。

その昔グレムリンたちは、物理学者・ベンジャミン=フランクリン(1706~1790年)や、発明家・ジェームズ=ワット(1736~1819年)の研究を手伝い、科学の発展に貢献した、人類に友好的な妖精だったとされる。

しかし、科学技術が一般化し暮らしが豊かになると、人類は次第に堕落しはじめ、グレムリンたちへの感謝を忘れていった。
人類の不遜な態度にグレムリンたちは激怒し、やがて牙を剥くようになったとされている。

そんなグレムリンだが、第二次世界大戦中にその姿を現したという伝説がある。

計器を壊す、ケーブルを齧る、燃料を飲むなど、下手をすればパイロットの命に関わる危険極まりないイタズラを、頻繁に行ったという。
イギリス空軍や連合国のパイロット、整備士たちは、戦闘機に不調が起こると、こぞって「グレムリンの仕業だ」と口にしたそうだ。

実際は単なる整備不良が原因であることがほとんどだったが、その責任の所在をグレムリンという架空の妖怪に押し付けることで、パイロットや整備士は互いに疑心暗鬼にならずに済み、滞りなく作戦を遂行することができたようだ。

いわゆる「スケープゴート」としての役割を果たしていたと考えられている。

ちなみに、グレムリンは甘いものが好物とされ、戦闘機の機内や整備場に飴玉を置くことで、その被害を回避できるというジンクスが存在したそうだ。

現在でもアメリカの航空業界では、部品を納品する際に飴玉を添え、グレムリンの機嫌を取ることで機械の故障を防ごうとする願掛けが行われているのだと、まことしやかに囁かれている。

2. 件

画像 : 件 public domain

(くだん)とは、日本に伝わる人面の牛である。

件は、普通の牛から前触れもなく生まれ、生後すぐに人の言葉で予言を行い、そして死ぬという。
この予言は、100%の確率で的中するといわれている。

江戸時代のさまざまな文献にて件についての記述が見られるが、明治維新以降の近代においても事例があったという。

明治42年(1909年)の『名古屋新聞(現在の中日新聞)』の記事によると、約10年前に長崎県のとある農家で件が生まれ、「日本とロシアは戦争する」と言い残して死んだとされる。

この戦争とは、日露戦争のことである。

そして、第二次大戦中も日本のあちこちで、件が生まれたという噂が広まっていた。
件は終戦を予言したとされ、やがてその予言通り、日本の敗北を以ってして戦争は終結した。

ちなみに「件のごとし」という、手紙の最後に記述する言葉は、この妖怪に由来とする説もある。

3. 塗壁

画像 : 『稲亭物怪録』より、『稲生物怪録』にある壁の怪異 public domain

塗壁(ぬりかべ)は、九州地方に伝わる妖怪である。

道に立ちふさがり歩行の邪魔をする、不可視の壁のような存在として語られている。

かの国民的妖怪アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する妖怪として、知っている人も多いだろう。

昨今知られる塗壁の姿は、ドイツの彫刻家・マックス=エルンスト(1891~1976年)の作品『Oiseau-tête』を、鬼太郎の作者である漫画家・水木しげる(1922~ 2015年)が独自にアレンジして描いたものである。

そんな水木しげるには、若かりし頃に塗壁に遭遇したというエピソードがある。

第二次大戦中、ニューギニアの町ラバウルでは、日本軍と連合国軍の激しい戦いが繰り広げられていた。
歩兵第229連隊の一員として戦地に赴いた水木は、夜間に敵軍に追われジャングルを一人で彷徨っていたそうだ。

すると突然、コールタールの壁のような何かに行く手を阻まれ、身動きが取れず、前後不覚に陥ってしまった。
疲労から水木はそのまま泥のように眠ってしまうが、夜が明け目を覚ますと、壁は跡形もなく消えていた。

そこから少し歩くと、なんと海に面した断崖絶壁があり、あのまま進んでいたら転落して死んでいた可能性が高かったという。

この出来事について、水木は後年、「塗壁に助けられたのかもしれない」と語っている。

4. モンスの天使

画像 : モンスの天使 草の実堂作成(AI)

モンスの天使(Angels of Mons)は、第一次世界大戦中にベルギーの都市モンスに現れたとされる、謎の集団である。

1914年、モンスではイギリス軍とドイツ軍による激しい戦いが繰り広げられていた。
しかし、イギリス軍はドイツ軍の物量に押され、壊滅寸前であった。

そこへ奇跡が起こった。

なんと、突如現れた謎の弓兵の集団が、ドイツ軍に向けて一斉に矢を放ったのだ。
次々と射殺されるドイツ兵たちであったが、不思議と外傷はなかったという。
こうして謎の弓兵の助力により、イギリス軍は無事に退却することができたそうだ。

この話の元ネタはイギリスの作家・アーサー=マッケン(1863~1947年)の作品『弓兵』だとされている。

丁度この作品の発表とモンスの戦いの時期が近く、二つの話が混同された結果、「戦場に弓兵の集団が現れた」などという荒唐無稽な話が事実として広まってしまったようである。

参考 : 『幻想世界の住人たち』『明治妖怪新聞』他
文 / 草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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