
画像 : のっぺらぼうのイメージ illstAC cc0
世界にはさまざまな神話・伝承が残っており、それらに登場する超自然的な存在は「妖精」や「モンスター」などと呼ばれ、恐れられてきた。
日本においては「妖怪」がそれに該当し、河童・天狗・一つ目小僧・砂かけ婆など、そのバリエーションは豊富である。
その中でも、顔に目や鼻、口といった器官が一切なく、つるりとした外見をもつ「のっぺらぼう」は、特に強烈な印象を与える妖怪として知られる。
名は広く浸透しているものの、具体的にどのような由来があるのだろうか。
今回は「のっぺらぼう」の知られざる背景や伝承をひも解いていきたい。
貉(むじな)

画像 : 小泉八雲(1889年頃)public domain
「のっぺらぼう」と聞いて連想される代表的な物語のひとつに、ギリシャ生まれでのちに日本へ帰化した作家・小泉八雲(1850~1904年)が『怪談(Kwaidan)』に収めた短編『貉(むじな)』がある。
以下に、その概要を簡潔に示す。
(意訳・要約)
これは江戸時代の話である。
ある商人が夜道を歩いていたところ、しゃがみ込んで泣いている一人の若い女を見つけた。
心配して声をかけると女は振り向いたが、その顔はなんと目も鼻も口もない、のっぺらぼうのごとき様相であった。仰天した商人は遁走し、たまたま見つけた蕎麦屋の屋台へと駆け込んだ。
蕎麦屋の店主は後ろを向いたまま「どうしましたお客さん」と尋ねた。商人は震えながら「恐ろしい女を見た…!」と蕎麦屋に伝えた。
すると蕎麦屋は「へえ、その女というのは――こんな顔でしたかい」と商人に振り向く。その顔には目も鼻も口もなく、まるで卵のように滑らかであった。
このような、同じ怪異に2度にわたり遭遇するパターンの話は「再度の怪」と呼ばれ、日本のさまざまな伝承にて語られている。
小泉八雲は古くから伝わるのっぺらぼうの怪異を、この「再度の怪」の構成に当てはめて表現したのである。
また、タイトルの「貉(むじな」」とは狐狸の類のことであり、これはのっぺらぼうの正体が、タヌキなどが化けたものだという説から、着想を得て付けられたのだと考えられている。
そんな妖怪のっぺらぼうであるが、その伝承は一体いつごろから語られていたのだろうか。
のっぺらぼうの歴史

画像 : 江戸時代の妖怪絵本に描かれたのっぺらぼう public domain
日本における、のっぺらぼう的な怪異の古い例としては、平安時代の『源氏物語』がしばしば取り上げられている。
第53帖「手習」には「昔ありけむ目も鼻もなかりける女鬼」という一節があり、これは「昔いたという、目も鼻もない女の鬼」といった意味になる。
すなわち平安時代には既に、のっぺらぼうの元となる話が語られていた可能性があるのだ。
江戸時代になると、のっぺらぼうは各地の伝承や絵巻物などに頻繁に登場する定番の妖怪として、その地位を確立させた。
1663年に刊行された怪談集『曽呂利物語』では、夜な夜な農具を動かす巨大なのっぺらぼうが、京都にて目撃されたと語られている。
また、中国の文人・紀昀(1724~1805年)の小説『閲微草堂筆記』や、和邦額(生没年不詳)の『夜譚随録』などには、顔のない化け物についての逸話が語られている。
これゆえ、のっぺらぼうの起源は中国にあるという説も存在する。
のっぺらぼうの亜種

画像 : 白坊主 草の実堂作成(AI)
「のっぺらぼう」の言い伝えには、さまざまな地域差が存在する。
まず大阪の和泉地方に伝わるのが、白坊主(しろぼうず)という妖怪である。
その姿は着物を着た白い風船のようであり、目・鼻・口どころか、手足の有無すらもはっきりしないという。
漫画家の水木しげる(1922~2015年)は、この白坊主を「化けだぬきの子どもが中に入って操縦する乗り物のようなもの」と、『妖怪おもしろ大図解』で解説している。
また、俳人・与謝蕪村(1716~1784年)の『蕪村妖怪絵巻』には、ぬっぽり坊主(ぬっぽりぼうず)と呼ばれる、何とも形容しがたいのっぺらぼうが登場する。

画像 : ぬっぽり坊主 その名の通りぬっぽりとしたフォルムである public domain
京都の帷子辻に現れたとされ、顔には何の器官もなく、四つん這いで尻を突き出すという奇妙な姿で描かれ、さらに尻の穴には稲妻のように光る目玉があるという、強烈な設定が付されている。
また、のっぺらぼうは、なにも人の姿をしているとは限らない。
中には、獣のような姿のモノもいるのだ。
江戸時代の浮世絵師・宮川春水(生没年不詳)の絵巻物『怪物図巻』には、尻目(しりめ)なる動物の妖怪が描かれている。

画像 : 尻目(しりめ)『怪物図巻』より public domain
赤く毒々しい毛並みの四足獣の姿をしているが、その顔はのっぺらぼうのごとくツルリとしており、目が存在しない(口はある)。
しかし肛門には、巨大な眼球が渦を巻くように、ギョロリと睨みを利かせ鎮座している。
昨今は先述の「ぬっぽり坊主」が尻目として語られることが多いが、本来はこちらの尻目が初出である。
このように、のっぺらぼうは、ただ「顔がない」という単純な特徴だけでは語り尽くせない奥行きを持つ妖怪である。
その背後には長い年月の中で積み重ねられた、多種多様な顔のない怪異の物語が息づいているのだ。
参考 : 『妖怪おもしろ大図解』『蕪村妖怪絵巻』『怪物図巻』他
文 / 草の実堂編集部
























この記事へのコメントはありません。