前編では、江戸時代において元来不思議な力を持っていた寅吉が、ある老人と出会ったことでさらにその力を開花させ、江戸において有名になったというエピソードを紹介した。
後編では、その後の寅吉について解説する。
わいわい天王
天狗にさらわれた寅吉少年の生家近くには「わいわい天王」と呼ばれる大道芸人が現れたという。
わいわい天王は羽織袴に天狗のお面を付けて、囃子唄を歌いながら牛頭天王の札を撒き、金銭を乞いながら練り歩いていた。
わいわい天王のお囃子について回った寅吉は、気が付くと一人になっており、日が暮れて途方に暮れていたという。
困っていた寅吉がわいわい天王を見ると、天狗の面を取るところが見えた。
素顔を見ると、いつも寅吉を山に連れて行ってくれるあの老人であった。
寅吉は老人に「禅宗の教えを覚えておくように」と言われて、近所の禅寺に奉公し、次に寅吉は日蓮宗の寺で修業をした。
その後、寺で修業をしていた時、寺に大切なものを失くしたと語る人が現れた。
話を聞いていると寅吉の耳元で「それは人が盗んだのだ。探しているものは広徳寺の前にある井戸の側に置かれている」と誰かが囁いた。
その言葉をそのまま伝えると、後日本当にその場所にあったという。
15歳になると師である老人と一緒に空を飛び、江戸から鎌倉、江ノ島、伊勢神宮などを参拝して廻り、中国にまで行って帰って来たという。
さすがにあまりにも頻繁に寅吉がいなくなるので周りが問い詰められると、寅吉は口止めされていた老人との今までの出来事を話してしまった。
そして世間では「寅吉は天狗にさらわれた」と噂になり、いつしか「天狗小僧寅吉」や「仙童寅吉」などと呼ばれるようになったのである。
その後も寅吉は、失せ物をすぐさま探し当てるなど超能力を発揮し、周囲の人たちを驚かせたという。
平田篤胤との出会い
15歳になった寅吉は、有志が集まって開催されていた超能力研究会に呼ばれるようになる。
その会のメンバーである復古神道の大成者で、国学者の平田篤胤(ひらたあつたね)が「天狗小僧寅吉」に特に興味を示した。
篤胤は異界という「あちらの世界(幽冥界)」に人並み以上の関心を持っていた人物であった。
篤胤の寅吉に対する情熱は並々ならぬものがあり、遂には寅吉を自分の家に呼び寄せて詳しい話を聞いた。(※一説には養子にして9年間も世話をしたという)
篤胤と寅吉の問答は、さらわれた当時の様子や仙境の様子だけでなく、地震の原因や宇宙のこと、神仙界に住む者たちの衣食住・祭祀・修行・医療・呪術など多岐に渡ったという。
例えば、篤胤が「火星に白い星が2つあり、日光に先立って光る。これが摩利支天か?」と問うと、寅吉は即座に「世間では摩利支天を実在すると思われているが、無いものに名を付けただけのものである」と答えたという。
寅吉が篤胤のありとあらゆる分野に渡る質問に答えた異界の情報は、聞けば聞くほど神・天狗・仙人・異界といった「あちらの世界」に関心があった篤胤の考える異界の姿そのものであった。
篤胤は寅吉の語る異界は「天狗界」そのものであると確信を深めた。
そして、寅吉から実際に聞いた内容を「仙境異聞(せんきょういぶん)」という2巻の本にまとめた。
別名「寅吉物語」と呼ばれたこの本は平田家の門外不出の厳禁本として、高弟でもその閲覧を許さないとした。
寅吉から聞いた話で篤胤は幽冥の存在を確信し、寅吉が見た師仙の姿を絵師に描かせ、以後はその尊図を平田家の家宝として祀ったという。
大天狗 杉山僧正
寅吉少年に様々な術や学問を教えた師である老人は、常陸国岩間山(現在の茨城県愛宕山)に棲む「杉山僧正(すぎやまそうしょう)」という大天狗で、岩間山に住む五人の天狗の首領であった。
天狗はだんだん増えて十二天狗になり、その後、狢打村の長楽寺から一人天狗が加わって十三天狗になったという。
十三天狗は寅吉の証言によると「天狗も鉄砲を持っていて、羽団扇は孔雀の冠毛を飛ばす武器で、天狗界の食事は小さい丸薬であり、鉄でできた獣がいた」など不思議な話が多い。
更に寅吉は「天狗界には火薬を使わない風砲がある」と証言しており、これは国友一貫斎が作った空気砲(空気銃:気砲)ではないかとも言われている。
丸薬という食べ物は、今で言うサプリメント的な栄養のあるものを丸めた物ではないかと考えることもできる。
※空を飛んだこと、また瞬間移動した小壺や鉄でできた獣などの話から、もしかして杉山僧正らは天狗ではなく、宇宙から来た宇宙人(エイリアン)で、小壺は瞬間移動ができるUFO、鉄でできた獣はロボットだという説もある。
寅吉のその後
寅吉はその後、下総国(現在の千葉県)の諏訪神社で神職となり、天狗から教わった秘薬で病人を治した。
寅吉の子供はその秘薬を受け継ぎ、薬湯に入れる「天狗湯」という湯屋を営んで繁盛し、その湯屋は昭和の時代まで長く続いたという。
※一躍時の人となった寅吉も、20代後半になると超能力は消えてしまい「普通の人」になってしまったという逸話もある。
おわりに
仙道吉寅は天狗に弟子入りし、不思議な力や知識を持っていることで一躍有名になった。
もしかすると寅吉少年の側には「杉山僧正」が近くにいて、両親の仕事が忙しくて一人で淋しがっていた寅吉少年に様々なことを教え、遊んでくれただけなのではないかと考えることもできる。
仮にそうだったとしても、寅吉が将来神職に就くことを推奨し、人のためになる様々な知識(医術や秘薬など)や神職に必要な学問などを事前に教えていたのだと思うと、何だか心温まる話である。
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私は個人的に日本史が大好きで草の実堂さんの歴史をとても楽しんでいます。特にrapportsさんの歴史記事が好きです。
今回の天狗小僧寅吉、会社の同僚50人近くに聞いても誰も知らなかった。もちろん私もスゴイと思います。
初期の信長の黒人家臣の弥助や水野勝成、後藤又兵衛は本当に面白かった。佐々木小次郎が本当は武蔵と戦っていなく、小次郎という青年と戦ったとか?柳生石舟斎や柳生十兵衛も楽しかったが、本当の天才は尾張柳生の柳生連也斎なんか感動したがし、欧米に侍が行ったなんか面白かった。
今回の記事で目次にはわいわい大王で本文はわいわい天王、細かいがどちらが正しいのかな?本文でわいわい天王うを何度も使っていたのできっと間違えたと思うが、好きなのであえて指摘してみましたが、草の実堂の編集部の皆さんrapportsさんを責めないでね!好きすぎてあえて書きました。
修正させていただきました!ご指摘ありがとうございます。
役行者が出入りしたであろう異空間への扉を見た人はいますか?
異星人を見た人はいますでしょうか?