◆鳥山検校/市原隼人
とりやま・けんぎょう/いちはら・はやと瀬川を身請けする“盲目の大富豪”
当時吉原一の花魁(おいらん)といわれた瀬川(小芝風花)を1400両で身請けをした男。“検校”というのは盲人に与えられた最高位の官位であり、鳥山は幕府の許しを得て高利貸しを行い、多額の資産を築いていた。金の力ですべてを手に入れた鳥山であったが、唯一、妻・瀬川の心だけは、まだ自分のものにできておらず、そこに蔦重(横浜流星)の姿を感じ取っていた…。
※NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」公式サイトより
吉原一の花魁と謳われた五代目瀬川(花の井。小芝風花)を身請けした、鳥山検校(市原隼人)。
その破格な金額で世間を驚かせ、後世「鳥山瀬川事件」と呼ばれました。
今回は鳥山検校について紹介。大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の予習にどうぞ。
高利貸しで暴利を貪る
鳥山検校は生没年不詳、実名も知られていません。
検校とは盲人に与えられる盲官の最高位であり、以下別当(べっとう)・勾当(こうとう)・座頭(ざとう/ざがしら)の四等(細分化されて全73段階)に別れていました。
鳥山検校は当道座(とうどうざ)と呼ばれる組合に所属しており、盲人に多い按摩・鍼灸・芸能だけでなく、官金(かんきん)と呼ばれた幕府公認の高利貸しを営んでいます。
今も昔も金融業の羽振りがよいのは変わりません。その羽振りを支えるための取り立ては「強欲非道(※)」と非難されるほど凄まじいものでした。
(※)武陽隠士『世事見聞録』より。
暴利を貪って盲官を買い、盲人界隈で権勢を極めた鳥山検校。
その陰には取り立てに苦しみ、挙句の果てに出奔したり自害したりする者が後を絶たなかったことでしょう。
座頭(ざがしら)の 胸たち割ると 金が出る
※川柳(詠み人知らず)
※ここで言う座頭とは盲人一般を指します。
かくして貯めに貯め込んだ1,400両を持って、五代目瀬川を身請けしたのでした。
遊女を身請けする相場は?
当時、金持ちが遊廓の女性を身請けするのはそう珍しいことではありません。
身請けされた女性は遊廓から解放され、妻なり妾(めかけ。公認の愛人枠)なりになるのが一般的でした。
一度遊廓へ売り飛ばされた女性が生きて遊廓を出るには、身請けと年季奉公(原則は10年)が明けるのを待つしかありません。
なぜ身請けが事件と呼ばれたのかと言うと、その金額が実にべらぼうだったからです。
遊廓にしてみれば遊女は大切な商売道具ですから、おいそれと譲るわけには行きません。
だから遊女の身請けは、ピンキリあっても高額になります。
例えば下級ランクの遊女では平均40両が相場でした。1両が現代の価値で5~10万円(諸説あり)とすると、約200~400万円です。
これが安いか高いかは、遊女の将来的な収益性によってケースバイケースですが、現代的な感覚だと自動車一台を購入するような感覚だったのでしょうか。
また第3代仙台藩主・伊達綱村(だて つなむら)は、二代目高尾太夫(たかおだゆう)を、彼女の体重と同じ目方の金塊で身請けしたそうです。
彼女の目方を仮に50kgとさせてもらい(ごめんなさい)、金価格を仮にグラム14,000円(現代の相場)とした場合、×50,000(50kg)で7億円となりました。
あくまで現代の相場を元にした計算ですが、やはり大藩のお殿様ともなると、身請けもケタ違いですね。
五代目瀬川の身請け代金は?
それでは鳥山検校が五代目瀬川を身請けした1,400両とは、どのくらいの金額だったのでしょうか。
1両の価値を先ほどと同じ5~10万円とした場合、五代目瀬川の身請け代金は7,000万円から1億4,000万円となりました。
ちなみに盲官で最下位から最上位へ上り詰めるために、すべての官位を一つずつ買った場合、約719両(約3,595万円~7,190万円)が必要になると言われます。
鳥山検校はそのおよそ2倍の金額を五代目瀬川につぎ込んだのですから、よほど入れ込んでいたのでしょう。
確かにこれは「事件」と呼ぶに相応しい出来事でした。
没落する鳥山検校
かくして五代目瀬川を身請けした鳥山検校。果たして二人の結婚?生活が幸せだったかどうかは、察するよりありません。
しかし鳥山検校の栄華も永くは続かず、事件から3年後の安永7年(1778年)。あまりの悪どさを糾弾され、全財産を没収の上で江戸払い(江戸からの追放刑)に処されてしまいました。
これまで鳥山検校の取り立てに苦しめられてきた江戸の人々は、お上の裁きに喝采を上げたかも知れませんね。
すっかり没落してしまった鳥山検校に対して、妻(あるいは妾)である五代目瀬川はすぐに離婚したとも言われています。
そりゃそうですよね。財力ずくで娶られた男に、没落してまで付き合う義理はありません。
実際のところはどうだったのか、大河ドラマの描きどころと言えるでしょう。
鳥山瀬川事件の反響
鳥山検校の没落と五代目瀬川の不運は人々の反響を呼び、この事件は様々な作品として表現されました。
・田螺金魚『契情買虎之巻(けいせいがい とらのまき)』
・伊庭可笑『姉二十一妹恋聟(あねはにじゅういち、いもがこいむこ)』
・十返舎一九『跡着衣装(あとぎいしょう)』……など。
中には蔦屋重三郎が出版を手がけた作品もあり、人々の好奇心に応えたことでしょう。
まさに勧善懲悪を絵に描いたような鳥山検校の末路と、五代目瀬川の悲劇は、時代を越えて人々に語り継がれました。
終わりに
今回は鳥山検校による五代目瀬川の身請け「鳥山瀬川事件」を紹介しました。
大河ドラマでは蔦屋重三郎と幼なじみの設定になっている五代目瀬川(花の井)。その結婚となれば、かなり力を入れて描くものと思われます。
果たしてどんな展開になるのか、期待しましょう!
※参考文献:
・『蔦屋重三郎とその時代』ダイアマガジン、2024年12月
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部
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