べらぼう~蔦重栄華之夢噺

人生訓から特殊な性癖まで?『古今狂歌袋』から面白い7首を紹介【大河べらぼう】

江戸時代、五七五七七の和歌に風刺や諧謔のスパイスを加え、人々の本音を詠んだ狂歌。

テーマは詠み手によって様々であり、奇抜な発想や「あるある」な共感で一大ブームを巻き起こしました。

今回は、江戸後期に活躍した狂歌師・宿屋飯盛(やどやの めしもり)が選び、山東京伝(さんとう きょうでん)が挿し絵。そして江戸のメディア王・蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)が刊行した『古今狂歌袋(ここんきょうかぶくろ)』を紹介しましょう。

そのすべてを網羅するのは大変なので、特に気に入った狂歌をピックアップしています。

虎に乗り……荒木田季武

『古今狂歌袋』より、荒木田季武。

虎尓(に)のり 可たハれ(片割れ)舟尓 のれるとも
人の口は(口端、口羽)に のる奈(な)世ノ中

※荒木田季武(あらきだの すえたけ)

【歌意】荒ぶる虎の背中に乗ったり、壊れかけた船に乗ったりしてもいい。しかし人の噂になる様な振る舞いをしてはならない。

【歌意2】前半は同じで、人の口車に乗せられ、調子に乗ってはいけない。

……要するに「虎や難破船に乗ったとしても、調子に乗って人から非難されるようなことがあってはならない」という意味ですね。

荒木田季武は、伊勢の神宮に奉仕した荒木田守秀(もりひで)の子で、15世紀末期から16世紀前半にかけて活躍した連歌師でした。

金拾う……雄長老

『古今狂歌袋』より、雄長老。

金ひらふ(拾う) 夢は由め(夢)尓て 夢(む)のうち尓
はこ(箱)するとミし 夢ハまさ由め(正夢)

※雄長老(ゆうちょうろう)

【歌意】金を拾う夢は夢だから、期待してはいけない。しかし箱をする=用を足す夢は正夢だから、油断してはいけない。すぐに起きなさい。

……もしかして「やらかした」経験があるのでしょうか。

雄長老は、英甫永雄(えいほ えいゆう)と号した安土桃山時代の僧侶で、建仁寺の住持でした。連歌に秀でており、狂歌の祖とも言われます。

風鈴の……唐衣橘洲

『古今狂歌袋』より、唐衣橘洲。

風鈴の 音ハ里んき(悋気)の 津け口(告げ口)か
わ可(我が)軒乃妻(のきのめ)尓 秋のかよふを

※唐衣橘洲(からごろも きっしゅう)

【歌意】風鈴がリンリンと鳴るのは、朝帰りに怒る妻の悋気(りんき)を警告しているのだろうか?

我が家の軒端(のきは、のきつま)≒妻≒夫婦関係に、秋風が吹いているのを感じる。

……秋は「飽き」すなわち夫婦の倦怠期も表しています。風鈴が出ているということはまだ夏なのに、早くも冷たい秋風が吹いてきたのでしょうか。

唐衣橘洲は、天明三大狂歌師の一人として数えられるほどの権威でした。

待て暫し……宿屋飯盛

『古今狂歌袋』より、宿屋飯盛(右)と馬場金埒。

まて志ばし(暫し) 文(ふみ)可く(書く)まど(窓)の あ可りさ記(灯り先)
立つてくれる奈 恋すてふ(すちょう)奈(名)の

※宿屋飯盛(石川雅望)

【歌意】少し待って。いま手紙を書いているから、灯りをとる窓からのぞき込まないで欲しい。恋をしているという噂は立ってほしくないのだから。

……窓辺に立たれると、恋の噂も立ってしまう。この歌は壬生忠見「恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか」の本歌取りです。

パロディは基本を押さえてこそ、よりその魅力が引き立ちますね。

世の中に……馬場金埒

世中に たえて師走(しはす)の 奈可りセは(なかりせば)
春の心ハ のとけ(長閑)可ら満し(からまし)

※馬場金埒(ばばの きんらち。銭屋金埒)

【歌意】まったく世の中にから師走(12月)というものがなくなれば、新春を迎える心はさぞのどかだろうよ。

……今も昔も年末の仕事納めや正月準備は慌ただしいもので、12月なんてなくなっちまえ!という思いが詠まれています。

しかし、気持ちは分からないでもありませんが、仮に1年が師走を除いて11ヶ月になったとしても、今度は「世の中にたえて霜月なかりせば……」となるのではないでしょうか。

こちらは、在原業平「世中に たえてさくらの なかりせは 春の心は のとけからまし」の本歌取りですね。

馬場金埒は商売柄「銭屋金埒」とも呼ばれ、天明狂歌における四天王の一人に数えられました。

恋に身を……霞千重女

『古今狂歌袋』より、霞千重女。

恋尓(に)身を こ可寿(焦がす)花火と 君ミなは(見なば)
淡(泡)ときえんも 物可ハ(ものかは)の中

※霞千重女(かすみ ちゑじょ)

【歌意】恋に身を焦がす私の思いを、花火の如く一時のものとあなたは見ているのでしょうか。私たちの仲は、川の流れに消える泡のように儚いものなのでしょうか。

……珍しく女流狂歌師の登場です。

「君みなは」は「見なば(見るならば)」と「水泡(みなわ)」をかけています。

また「物かは」は「(消えてしまう程度の)物なのか」と「川(かわ)」をかけました。

霞のように軽いのかと思いきや、千重という名前を体現するような重い思いを詠んだ一首です。

絵に描ける……山岡明阿

『古今狂歌袋』より、山岡明阿。

絵にかける 女で可ら可 いたつら尓(徒らに)
うこく(動く)といふハ あゝおはつ可し(お恥ずかし)

※山岡明阿(やまおか みょうあみ)

【歌意】絵に描いた美女に心動かされるどころか、私などは女の筆跡を見ただけで興奮してしまう。我ながら何という変態ぶりであろうか!

……「徒らに動く」とはまぁ、何とも実にお元気ですね。いいと思います。

俗に「性欲はバイタリティ(生命力)とイマジネーション(想像力)の才能」とは誰が言ったか、筆を運ぶ女性の手つきや横顔を思い浮かべていたのでしょう。

さすがはHENTAIカルチャーの聖地・日本、江戸時代から飛ばしていますね!

終わりに

今回は、蔦屋重三郎が出版した江戸時代の狂歌集『古今狂歌袋』より、お気に入りの7首を紹介しました。

皆さんにも気に入ってもらえたら何よりです。

他にもたくさんの狂歌があるので、ぜひ一度読んでみてください!

※参考文献:
・宿屋飯盛 撰『古今狂歌袋(山東京伝 画/蔦屋重三郎 版元)』
文 / 角田晶生(つのだ あきお) 校正 / 草の実堂編集部

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角田晶生(つのだ あきお)

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