光る君へ

最期まで呑気な藤原惟規(高杉真宙)僧侶も呆れた彼のコメント【光る君へ】

時は寛弘8年(1011年)、藤原惟規(のぶのり)は、越後守となった父・藤原為時に従い、越後国へやって来ました。

ちょうど官職にあぶれていたことと、年老いた父親が心配だったのでしょう。

ちなみに姉の藤式部(紫式部)は、中宮・藤原彰子に仕えていたため同行はしていません。

果たして越後国に到着した惟規。突如として病に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。

都にも恋ひしき人のあまたあれば
なほこの度はいかんとぞ思ふ

【意訳】京都には恋しい人がたくさんいるので、こんな所で死ぬわけにはいかない。必ず生きて行こう(帰ろう)と思うのだ。

まだ生きるつもりでいましたが、これが実質的に辞世となってしまいました。

今回は、藤原惟規の最期について『十訓抄(じっきんしょう)』に記されたエピソードを紹介したいと思います。

越後国で危篤に陥る惟規

四五 藤原惟規は、世のすきものなりけり。父越後守為時に伴ひて、彼國へくだりける程に、おもく煩ひけるが、

都にも恋ひしき人のあまたあれば、なほこの度はいかんとぞ思ふ。

とよみたりけれども、いとゞ限りにのみ見えければ、……

※『十訓抄詳解』上巻より

【意訳】藤原惟規は女好きとして世に知られた人物であった。父の為時が越後守に任官する際、ともに越後国へ下向した時、病床に臥してしまう。

当人は和歌の通りに生きて帰るつもりでいるが、病はいよいよ重く、生命が危うく思われた。

僧侶を呼んで説法を依頼

呼んできました(イメージ)

……父のさたにて、或山寺より善知識をよびたりけるが、中有(ちうう)の旅のありさま、心ほそき様などいひて、これにやすらはで、直ちに浄土へ参り給ふべき様はなど、いひ聞かせけり。

「中有とは、いかなる所ぞ」と病人問ひければ「夕ぐれの空に、ひろき野にゆき出でたるやうにて、志れる人もなくて、たゞひとり、心ほそくまどひありくなり。倶舎には「欲往前路無資糧、求住中間無所止」なと申したる」といひけるを……

※『十訓抄詳解』上巻より

【意訳】為時は惟規の後生を願い、ある山寺より善知識(ぜんちしき。僧侶)を招いた。

僧侶は惟規に、中有の冥途(冥土への旅路)の心細いありさまを説き、早く極楽浄土へ向かうよう諭す。

話を聞いた惟規は「中有とは、どんな所か」と僧侶に尋ねた。

曰く「夕暮れ空が広がる原野に迷い出たような感じで、知り合いなどおらず独りぼっちで心細くさまよい歩くことになるだろう」とのこと。

加えて「仏の教えには『欲往前路無資糧、求住中間無所止(前途ゆかんと欲すれど資糧なく、中間ゆかんと求むれどもとどまる所なし)』とある。つまり『どこへ行っても食べ物はなく、どこまで行っても安らぎはない』ということだ」とも。

だから一刻も早く極楽浄土を……とまぁそんな話であった。

どこまでも呑気な惟規

藤原惟規

中有の世界に、尾花を添えてみた(イメージ)

……聞きて「其の野には、あらしにたぐふもみぢ、風になびく尾花がもとに、まつむしも鈴むしも鳴くにや。さたにもあらば、何かくるしからん」といふ。これを聞きて、あいなく、心づきなくておほえければ、此の僧にけ去りにけり。……

※『十訓抄詳解』上巻より

【意訳】僧侶の説法を聞いて、惟規はつまらなそうに答える。

「へぇ、そんな感じなんだね。出来ればなんだけどさ。中有の野原にも嵐に吹き舞う紅葉とか、秋風にそよぐ尾花(ススキ)なんかがあったら、もっといい感じになると思うんだよね。そうそう。松虫や鈴虫の声も聞こえたら最高だよね。そういう風雅な場所だったら、冥土への旅路も悪くないなぁ」

今にも死を迎えようとしていながら、相も変わらずこの飄々ぶり。

もしかしたら、遺される父を悲しませまいと気丈に振舞っているのかもしれない。

しかし僧侶はそんな子心など解することもなく、呆れ返って席を立ってしまった。

為時「ちょっとお坊様。お布施は払ったのだから、ウチの倅をちゃんと看取って下さいよ」

僧侶「こちらが真面目な説法をしているのに、あの態度は正直つきあい切れませんな。お布施の返金には応じませんよ。それではごきげんよう、よき中有の旅を」

為時「……やれやれ、帰ってしまわれた。まったくそなたも少しは真面目に……惟規?」

見れば惟規は息絶えており、その手には書きかけの筆が握られていた。

為時が書き足した最後の「ふ」

最後の一文字を書き足してあげた為時(イメージ)

……此の歌のはてのふ文字をば、えかゝざりけるを、さながら都へもて帰りてけり。おやとも、いかにあはれにかなしかりけん。

※『十訓抄詳解』上巻より

【意訳】為時が見ると、和歌は途中で力尽きたのか、最後の一文字が欠けている。

都にも恋ひしき人のあまたあれば、なほこの度はいかんとぞ思

為時「最後の文字は『ふ』であろうな。まったく、そんなに急がずとも、紅葉も尾花も逃げまいに……」

きっと惟規は、嵐に吹き舞う紅葉や、秋風にそよぐ尾花を早く見に行きたくてたまらなかったのだろう。

和歌を詠みかけで逝ってしまうなんて、最期までしょうがないヤツだ。為時は涙ながらに、最後の「ふ」を書き足した。

終わりに

今回は、藤原惟規の最期を紹介しました。

NHK大河ドラマ「光る君へ」では第1回放送「約束の月」からずっと登場。マイペースなキャラが多くの視聴者から愛されました。そのはずです。

第39回放送「とだえぬ絆」で最期を迎えるであろう惟規は、どのように描かれるのでしょうか。

まひろ(藤式部、吉高由里子)視点だと人づてに聞いておしまいかも知れませんが、出来れば最期の名演を拝みたいものです。

オープニングの枯野原は、僧侶の説いた中有を表しているのかも知れませんね。

最後の最期まで、高杉真宙の好演に注目しましょう!

※参考文献:
石橋尚宝『十訓抄詳解』国立国会図書館デジタルコレクション
文 / 角田晶生(つのだ あきお)

 

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