鎌倉殿の13人

【鎌倉殿の13人】どうか花押を!ハレの舞台で駄々をこねた千葉常胤の頼朝愛と矜持

「戦ってこその武士。齢60を超え、お迎えの支度でも始めようと思っていた矢先に、誉れある大戦で一暴れしないかと話が来れば、乗らない手はない。違うか?」
※NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第7回「敵か、あるいは」より

源頼朝(演:大泉洋)が興した源氏中興の挙兵に感激、敵の首級を手土産に馳せ参じた房総の老勇者・千葉常胤(演:岡本信人)。

岡本信人演じる千葉常胤。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

後に頼朝から父とも慕われた鎌倉殿の重鎮ですが、そんな常胤にも可愛いところがありました。

そこで今回は常胤のワガママエピソードを紹介。頼朝愛あふれ過ぎる老将の矜恃を、どうかご堪能下さい。

政所始の儀にて、一番の下文に……

時は建久3年(1192年)8月5日。征夷大将軍となった頼朝は、政務を取り仕切る政所(まんどころ)を開設。そのオープニングセレモニーである政所始(~はじめ)を執り行いました。

政所別当(長官)を拝命した大江広元(演:栗原英雄)と源邦業(みなもとの くになり)はじめ重臣たちが居並ぶ中、いの一番に常胤へ政所下文(~くだしぶみ。命令書)が与えられます。

これは常胤に対して「そなたが御家人の筆頭である」というメッセージ。苦境の頼朝を支え続けた常胤にとって、これ以上の栄誉はありません……が。

「ん?」

よく見るとこの下文、頼朝の花押(かおう。サイン)が添えられていません。これまで頼朝が直接発行していた下文には、必ず頼朝の花押が添えられていました。

頼朝の花押(画像:Wikipedia)

そうでなければ「頼朝がこの命令(例えば所領の安堵など)を保証する意思」を証明できないからです。

「これなるは、如何なる仕儀にございましょうや」

常胤は頼朝に尋ねますが、頼朝の代わりに大江広元が答えます。

「これからは御所(頼朝)御自らではなく、我ら政所が上意を受けて下文を差し遣わし申す。よって御判(ごはん。ここでは頼朝の花押)はございませぬ」

更には同内容の政所下文を与えるため、これまで頼朝が発行した下文を返納・交換せよとの事。

まぁ「頼朝が将軍になったのだから、それにともない組織システムが変わったのだ」ということですが、そう言われて「ハイそうですか」と従う常胤ではありません。

「断る!何が政所下文じゃ。そんな家司(けいし。執事)ごときの署名など、後日土地争いの訴訟で何の証拠にもならぬわ!」

大江広元。政所別当として活躍するも、坂東武者たちの扱いには手を焼いた模様(画像:Wikipedia)

いや、この場でそんな事を言われても……まさかハレの儀式を初っ端からぶち壊されるとは思っていなかった広元がうろたえていると、常胤は畳みかけます。

「のぅ御所(将軍)よ……いや、佐殿。他の者はどうでもいい。だがそれがしの、それがしへ賜るこの下文にだけは、どうか御判を下され!子々孫々、末代まで宝物といたしますゆえ。どうか……っ!」

広元=政所を介して意思を伝えるなんて他人行儀なことをしないでくれ。挙兵当初からずっとずっと、アンタを支えてきたワシらじゃないか。

もちろん、組織のシステムが時代とともに変わっていくのは仕方がない。

でも……でも、かつてアンタとワシらの間にあった熱い絆の証として、どうかこの一番の下文に御判を残していただきたい。

これまで我らはアンタが天下人になるからついてきたンじゃない。もちろんお偉い公卿サマだとか、立派な征夷大将軍だからでもない。

我らはアンタがアンタだからついてきたし、これからだってついていく。何があろうと絶対にだ……!

千葉市立郷土博物館蔵 千葉介常胤像。Wikipediaより(撮影:Ibaraki101c氏)

かつて敗残の流人に救いの手を差しのべ、身命を惜しまず戦い続けた老勇者の矜持がそこにありました。

何とけなげでいじらしく、可愛い姿ではないでしょうか。もう泣けそうでしょうがありません。

頼朝の武士団は、まさにこういう御家人たちによって支えられてきたのです。

「……『父』だけは特別ぞ」

かくして常胤の執念に根負けした頼朝は、政所下文に花押を書き添えてあげたのでした。良かったね、本当に良かったですね。

終わりに

建久三年八月小五日乙巳。將軍に補令め給ふ之後、今日政所始、則ち渡御す。

(中略)

千葉介常胤 先ず御下文を給はる。而るに御上階以前者、御判於下文に載せ被訖。
政所を始め置か被之後者、之を召し返被、政所下文に成被之處、常胤頗る確執す。
政所下文と謂う者、家司等の署名也。後鑒に備へ難し。
常胤が分に於て者、別に御判を副へ置被、子孫末代の龜鏡と爲す可し之由之を申し請く。
仍て所望の如しと云々。

※『吾妻鏡』建久3年(1192年)8月5日条

実に自分勝手な振る舞いと言えば振る舞いです。しかし、もし一番手の常胤が何も言わず、ただ政所下文を受けていたらどうでしょう。

二番手以下の者は内心で同様の思いを抱えながら、頼朝との絆を否定されたような気分になったかも知れません。

誰が何と言おうと、我らは鎌倉殿(頼朝公)にお味方申す。

あくまで我らは頼朝公に仕えているのであって、政所とか幕府とか、そういう雲の上のお偉い組織に仕えているのではない。

その情熱と矜持こそが頼朝をして武士の世を開かしめる原動力であったとすれば、頼朝の死をもって鎌倉政権が終わりの始まりを迎えるのは必然だったのかも知れません。

※画像出典:NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイト

※参考文献:

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角田晶生(つのだ あきお)

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