時は昭和16年(1941年)12月8日、大日本帝国がアメリカをはじめとする連合国軍に対して宣戦布告、戦局を先制するべくハワイ・真珠湾を攻撃。
「ニイタカヤマノボレ一二〇八(ひとふたまるやー)」
連合艦隊司令部が機動部隊に対して発した真珠湾への攻撃命令(暗号)として有名なこの暗号、1208は決行日時12月8日であると判りますが、ニイタカヤマって一体どこの山を登ればいいのでしょうか。
「新」しく最「高」峰となった「山」
答えから先に言うと、ニイタカヤマ(新高山)とは現代の台湾にある玉山(ぎょくさん、Yù Shān)を指します。
かつて日本が台湾を統治していた時代、明治天皇によって「新しく日本一となった最高峰(※)」を意味する名前がつけられたのでした。
(※)富士山が3,776メートルに対して玉山は3,952メートルとされていますが、測量によって3,950メートル、3,978メートル、3,997メートルなど諸説あります。
歴史上初めての玉山登頂は、日本の人類学者である鳥居龍蔵(とりい りゅうぞう)が明治33年(1900年)4月11日に達成したとされており、異説もあるようですが記録に残っているのはこれが初めてということです。
それが日本の敗戦によって台湾の領有を放棄すると中華民国(国民党政権、現:台湾国)によって元の玉山に戻されました。
こうしたご縁から、平成26年(2014年)2月7日に中華民国山岳協会と日本富士山協会によって玉山と富士山の友好山提携が結ばれ、日台両国友好の便(よすが)となっています。
「山は高きがゆえに尊からず」とは言うものの、やっぱり高い山というのは心惹かれてしまうもので、玉山も富士山も共に人気の観光地として有名です。
高村光太郎「十二月八日」
さて、日本一の山に挑戦する心意気で強大な敵に臨む「ニイタカヤマノボレ一二〇八」ですが、この12月8日をテーマに詩人の高村光太郎(たかむら こうたろう)が一篇の詩を残しています。
その名も「十二月八日」。声に出して読むと、当時の日本人がかの大東亜戦争(太平洋戦争)とどのように向き合っていたか、その悲壮な覚悟が伝わるようです。
まずは、どうか声に出して読んでみて下さい。
十二月八日
記憶せよ、十二月八日。
この日世界の歴史あらたまる。
アングロ・サクソンの主権、
この日東亜の陸と海とに否定さる。
否定するものは彼等のジャパン、
眇たる東海の国にして
また神の国たる日本なり。
そを治しめしたまふ明津御神なり。
世界の富を壟断するもの、
強豪米英一族の力、
われらの国に於て否定さる。
われらの否定は義による。
東亜を東亜にかへせといふのみ。
彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり。
われらまさに其の爪牙を摧かんとす。
われら自ら力を養ひてひとたび起つ、
老若男女みな兵なり。
大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。
世界の歴史を両断する、
十二月八日を記憶せよ。
……ちゃんと声に出してみましたか?
ところどころ、古めかしい表現もあって分かりにくいかも知れませんから、ざっくりかみ砕いていきましょう。
……12月8日、この日、世界の歴史は変わった。
アングロ・サクソン(白人)の世界征服は、東アジアの陸と海に否定されたのだ。
否定するのは、彼等がジャパンと呼んでいる、東洋の小さな島国。
そこにおわす八百万の神々と、人間の姿でその国を治める(神々と人間の仲立ちとなっている)天皇陛下である。
力にモノを言わせて世界中の富を独占してきたアメリカやイギリスの横暴を、私たちは否定する。
東アジアは東アジア人が平和に暮らす地である。その正義をもって否定しているのである。
大航海時代から数百年間、欧米列強の搾取と弾圧によって、東アジアの国々はすっかり衰え、荒廃してしまった。
もうこれ以上、彼等の好きにはさせない。絶対に止めなくてはならない。
老若男女みんなで死力を尽くし、彼等がこれまでの横暴を反省し、仲直りするまで私たちは闘い続ける。
白人絶対の世界が、この戦いで必ず変わる。
その第一歩となる12月8日を、あなたは記憶するべきだ。
フレーズの一つ一つにゾクゾクしてしまったことと思いますが、特に
「大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。」
【意訳】相手がこれまでの悪行を反省するまで、私たちは闘う。
というフレーズ。他国であれば間違いなく「ヤツらを滅ぼし、根絶やしにするのだ!」と謳うであろうところを、決して楽勝な相手ではないのに、つくづく日本人ってのはお人好しなんだなぁ、と、呆れ半分、愛しさ半分の複雑な気持ちになりますね。
(例えるなら、アンパンマンはバイキンマンがどれほど悪事を積み重ねようと、懲らしめることはあっても、決して殺したり追放したりはしないようなものでしょうか)
終わりに
そんなお人よしだから戦争に負けるんだ!と思わないこともありませんが、戦後、それまで欧米列強の植民地支配一色であったアジアの国々が独立を勝ち取った事実を鑑みれば、確かに12月8日に始まった大東亜戦争は「世界の歴史を両断」したと言えるのではないでしょうか。
先の大戦については賛否両論あり(もちろん、日本が100%正しかったなんてことはありえません)、戦争なんてしないに越したことはないものの、かつて戦争を選ばざるを得なかった先人たちの葛藤と決断を偲ぶ12月8日としたいものです。
※参考文献:
- 田畑久夫『民族学者鳥居竜蔵 アジア調査の軌跡』古今書院、1997年5月
- 山路勝彦『近代日本の海外学術調査 (日本史リブレット)』山川出版社、2006年6月
- 岡田年正『大東亜戦争と高村光太郎―誰も書かなかった日本近代史』ハート出版、2014年7月
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