大正&昭和

開戦から80年…真珠湾攻撃の暗号「ニイタカヤマノボレ」ってどこの山?

時は昭和16年(1941年)12月8日、大日本帝国がアメリカをはじめとする連合国軍に対して宣戦布告、戦局を先制するべくハワイ・真珠湾を攻撃。

航空機を満載し、決戦に臨む空母蒼龍(画像:Wikipedia)

ニイタカヤマノボレ一二〇八(ひとふたまるやー)」

連合艦隊司令部が機動部隊に対して発した真珠湾への攻撃命令(暗号)として有名なこの暗号、1208は決行日時12月8日であると判りますが、ニイタカヤマって一体どこの山を登ればいいのでしょうか。

「新」しく最「高」峰となった「山」

答えから先に言うと、ニイタカヤマ(新高山)とは現代の台湾にある玉山(ぎょくさん、Yù Shān)を指します。

かつて日本が台湾を統治していた時代、明治天皇によって「新しく日本一となった最高峰(※)」を意味する名前がつけられたのでした。

玉山の主峰。Wikipediaより(撮影:Kailing3氏)

(※)富士山が3,776メートルに対して玉山は3,952メートルとされていますが、測量によって3,950メートル、3,978メートル、3,997メートルなど諸説あります。

歴史上初めての玉山登頂は、日本の人類学者である鳥居龍蔵(とりい りゅうぞう)が明治33年(1900年)4月11日に達成したとされており、異説もあるようですが記録に残っているのはこれが初めてということです。

それが日本の敗戦によって台湾の領有を放棄すると中華民国(国民党政権、現:台湾国)によって元の玉山に戻されました。

こうしたご縁から、平成26年(2014年)2月7日に中華民国山岳協会と日本富士山協会によって玉山と富士山の友好山提携が結ばれ、日台両国友好の便(よすが)となっています。

「山は高きがゆえに尊からず」とは言うものの、やっぱり高い山というのは心惹かれてしまうもので、玉山も富士山も共に人気の観光地として有名です。

高村光太郎「十二月八日」

さて、日本一の山に挑戦する心意気で強大な敵に臨む「ニイタカヤマノボレ一二〇八」ですが、この12月8日をテーマに詩人の高村光太郎(たかむら こうたろう)が一篇の詩を残しています。

若き日の高村光太郎(画像:Wikipedia)

その名も「十二月八日」。声に出して読むと、当時の日本人がかの大東亜戦争(太平洋戦争)とどのように向き合っていたか、その悲壮な覚悟が伝わるようです。

まずは、どうか声に出して読んでみて下さい。

十二月八日

記憶せよ、十二月八日。
この日世界の歴史あらたまる。
アングロ・サクソンの主権、
この日東亜の陸と海とに否定さる。
否定するものは彼等のジャパン、
眇たる東海の国にして
また神の国たる日本なり。
そを治しめしたまふ明津御神なり。
世界の富を壟断するもの、
強豪米英一族の力、
われらの国に於て否定さる。
われらの否定は義による。
東亜を東亜にかへせといふのみ。
彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり。
われらまさに其の爪牙を摧かんとす。
われら自ら力を養ひてひとたび起つ、
老若男女みな兵なり。
大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。
世界の歴史を両断する、
十二月八日を記憶せよ。

……ちゃんと声に出してみましたか?

ところどころ、古めかしい表現もあって分かりにくいかも知れませんから、ざっくりかみ砕いていきましょう。

炎上する米軍艦ウェストヴァージニア(画像:Wikipedia)

……12月8日、この日、世界の歴史は変わった。
アングロ・サクソン(白人)の世界征服は、東アジアの陸と海に否定されたのだ。
否定するのは、彼等がジャパンと呼んでいる、東洋の小さな島国。
そこにおわす八百万の神々と、人間の姿でその国を治める(神々と人間の仲立ちとなっている)天皇陛下である。
力にモノを言わせて世界中の富を独占してきたアメリカやイギリスの横暴を、私たちは否定する。
東アジアは東アジア人が平和に暮らす地である。その正義をもって否定しているのである。
大航海時代から数百年間、欧米列強の搾取と弾圧によって、東アジアの国々はすっかり衰え、荒廃してしまった。
もうこれ以上、彼等の好きにはさせない。絶対に止めなくてはならない。
老若男女みんなで死力を尽くし、彼等がこれまでの横暴を反省し、仲直りするまで私たちは闘い続ける。
白人絶対の世界が、この戦いで必ず変わる。
その第一歩となる12月8日を、あなたは記憶するべきだ。

真珠湾攻撃で戦死した九軍神の肖像画(画像:Wikipedia)

フレーズの一つ一つにゾクゾクしてしまったことと思いますが、特に

「大敵非をさとるに至るまでわれらは戦ふ。」
【意訳】相手がこれまでの悪行を反省するまで、私たちは闘う。

というフレーズ。他国であれば間違いなく「ヤツらを滅ぼし、根絶やしにするのだ!」と謳うであろうところを、決して楽勝な相手ではないのに、つくづく日本人ってのはお人好しなんだなぁ、と、呆れ半分、愛しさ半分の複雑な気持ちになりますね。

(例えるなら、アンパンマンはバイキンマンがどれほど悪事を積み重ねようと、懲らしめることはあっても、決して殺したり追放したりはしないようなものでしょうか)

終わりに

そんなお人よしだから戦争に負けるんだ!と思わないこともありませんが、戦後、それまで欧米列強の植民地支配一色であったアジアの国々が独立を勝ち取った事実を鑑みれば、確かに12月8日に始まった大東亜戦争は「世界の歴史を両断」したと言えるのではないでしょうか。

勝っても負けても、戦争は悲しい(画像:Wikipedia)

先の大戦については賛否両論あり(もちろん、日本が100%正しかったなんてことはありえません)、戦争なんてしないに越したことはないものの、かつて戦争を選ばざるを得なかった先人たちの葛藤と決断を偲ぶ12月8日としたいものです。

※参考文献:

角田晶生(つのだ あきお)

角田晶生(つのだ あきお)

投稿者の記事一覧

フリーライター。日本の歴史文化をメインに、時代の行間に血を通わせる文章を心がけております。(ほか政治経済・安全保障・人材育成など)※お仕事相談は tsunodaakio☆gmail.com ☆→@

このたび日本史専門サイトを立ち上げました。こちらもよろしくお願いします。
時代の隙間をのぞき込む日本史よみものサイト「歴史屋」https://rekishiya.com/

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 伊藤野枝 ~自由恋愛の神と呼ばれたが殺された女性解放運動家
  2. 北大路魯山人 波乱の生涯「美味しんぼ海原雄山のモデル」幼少期にた…
  3. 『密着型ブルマー』は、なぜ普及し消滅したのか?「1990年代に消…
  4. 「お好み焼き屋」はかつて男女が密会する怪しい場所だった
  5. やなせたかし氏の戦争体験から生まれた「アンパンマン」に込めた強い…
  6. シベリア出兵の陰で日本に救われたポーランド孤児たち 【ポーランド…
  7. 【米軍の残飯シチューに大行列】 闇市(ヤミ市)とは
  8. 『大正時代のスキャンダル婚』大正三美人・林きむ子の生涯 ~未亡…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

高杉晋作【奇兵隊を創設した風雲児】

奇兵隊と 高杉晋作高杉晋作(たかすぎしんさく)と言えば、幕末の長州にあって奇兵隊を創設し…

葛飾北斎の魅力「あと5年で本物になれた」画狂老人

穏やかな広重に対し、色鮮やかでダイナミックな北斎の浮世絵版画。しかし、彼はどこまでも貪欲であった。特…

鳥居忠吉(イッセー尾形演ずる) はどんな武将だったのか 【どうする家康】

NHK大河ドラマ「どうする家康」では、個性的な役者たちが色とりどりに様々な武将を演じている。…

【京都歴史観光】 幕末の京都。松平容保と会津藩士たちの足跡を追ってみた 「新選組の誕生」

時は幕末。文久年間(1861年)に入ると、尊王攘夷運動は最高潮の盛り上がりをみせるようになる…

幕末は戦国時代同様の下剋上状態だった? 将軍や藩主さえも殺されるかもしれない実情とは

大きな戦乱のない安定した政権を維持した江戸幕府1603(慶長8)年の開府以来、260年以…

アーカイブ

PAGE TOP