朝ドラ「ばけばけ」では、ヘブンとトキが無事に新居への引っ越しを済ませ、新婚生活を始めました。
おめでたい一方で、気になるのは二人の生活習慣の違いです。
日本人同士でも育った地域や家庭によって習慣は異なり、同居を始めると戸惑うことが多いもの。
ましてや、相手の国の事情がほとんど分からなかった時代の国際結婚となれば、なおさらです。
史実におけるラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と妻のセツは、いったいどのような生活を送っていたのでしょうか?
熊本でのハーン家の一日をのぞいてみましょう。
「男を怠惰にする」ハーンが嫌った日本人妻の習慣

画像 : 旧・第五高等中学校本館 wiki c MK Products
明治24年11月、ハーンは熊本第五高等中学校に赴任することになり、夫婦は松江から熊本へ移りました。
外国人向けの官舎もありましたが、ハーンは日本間がないことを嫌い、外坪井西堀端町の純和風の家を新居に選んでいます。
新居には、ハーンとセツのほか、セツの両親と祖父、女中4、5人、車夫、料理人が同居し、時には食客も訪れる大所帯でした。
朝6時、目覚ましが鳴るとセツがハーンを起こし、丁寧に挨拶します。
仏壇にはすでに灯明がともり、セツの家族は庭で朝日を拝み、柏手を打って祈るのが日課でした。
寝起きのハーンが寝床でタバコを吸い始めると、部屋に入って来た女中たちが「おはようございます」と平伏して挨拶をした後、雨戸を開けはじめます。
7時には朝食です。
卵とトースト、小さじ一杯のウイスキー入りレモネード、ブラックコーヒーという洋風の献立でした。
セツは給仕をしますが、自分は家族と後で食べるため、ほとんど口にしません。
食後、車夫が来ると、セツがハーンの着替えを手伝うのですが、結婚当初、ハーンは「服を順に手渡し、ポケットの中まで気を配る」という日本の習慣を好みませんでした。
この習慣は「男を怠惰にする」と感じたためです。
しかし、セツにとって夫の世話は喜びでもあり、無理に改めさせるのは良くないと考え、次第に受け入れるようになりました。
7時半になると家族全員が玄関に集まり、ハーンはセツの手にキスをして出かけます。
これだけは西洋式の習慣を貫いていました。
食事の習慣と家内の序列

画像 : プラムプディング(クリスマスプディング)wiki c Musical Linguist
日本文化を深く愛していたハーンですが、この頃の食事は洋食でした。
来日後10ヶ月間、日本食以外口にしなかったハーンはついに体調を崩し、その後、洋食をとるようになったのです。
明治24年6月のチェンバレン宛の手紙には、松江の西洋料理店「二松亭」で肉料理やフライを大量に食べ、ビールをたくさん飲んだことが記されています。
ハーンは特にビフテキとプラムプディングを好んだといいます。
彼はこの店の外国人シェフを気に入り、熊本へ移る際には引き抜いて同行させたほどでした。
ハーン家の食事は、まずハーンが済ませ、その後に家族が食べるのが決まりでした。
一家の生計を支える立場として、家内序列の最上位に置かれていたためです。
ただし、一同が集まる場では年齢と親子関係が優先され、祖父が最上位、ハーンは四番目、セツは五番目の席につきました。
午後の過ごし方「暑い日は昼寝」

画像 : イメージ『浅井忠画帖』public domain
学校から帰宅すると、朝と同じように家族が玄関で出迎えます。
そしてまたセツに手渡されるまま洋服から着物へ着替え、座布団に座って煙管に火をつけるのです。
昼食後、暑い季節には午後3時から4時の間、家中の者が昼寝をします。
女中たちも交代で休みますが、寝る場所にはそれぞれ決まりがあり、厳格に守られていました。
涼しい季節には昼寝をせず、女性は裁縫、男性は庭仕事や雑事に励みました。
夕食後の楽しみ「腹ごなしの遊戯」

画像 : イメージ 小林清親 「今戸有明楼之景」(1879)public domain
午後6時に入浴し、6時半から夕食をとります。
8時になると家族全員で『朝日新聞』を読むのを聞き、語り合う時間を過ごしました。
新聞が届かない日は、女中も交えてゲームや「腹ごなしの遊戯」をします。
「腹ごなしの遊戯」とは、歌をうたいながら、テーブルの周りを一時間ほどグルグル歩き回るという、奇抜ながら楽しい運動でした。
長男・一雄氏によれば、ハーンは「夕食後すぐ寝るのは良くない」という考えをもっており、食後はこの運動を子どもたちや書生たちに課していたそうです。
気候の良い夜には、女中を交代で連れ出し、散歩や芝居に出かけることもありました。
これは、彼女たちに外出の機会を与えるためでした。
夜の習慣 日本的な「締め」の儀式

画像 : ハーンとセツ public domain
夜が更けると、ハーン以外の者は神棚にお祈りをし、主人の「寝る合図」を待ちます。
ハーンが執筆に夢中で合図を忘れると、「勉強熱心すぎますよ」と注意されることもあったそうです。
女中たちは布団を敷き、ハーンとセツの父、祖父が夜にタバコを吸えるよう火鉢を準備します。
彼女たちが挨拶をして部屋を下がり、家中が静寂に包まれると、セツは「失礼してお先に休ませていただきます」と言って床につきました。
ハーンはこの言葉を「へりくだりすぎ」と感じたこともありましたが、日本人の美しい習慣として受け入れたといいます。
こうして、ハーン家の一日は終わります。
二人は互いを尊重し、習慣の違いを認め合うことで、穏やかな生活を築いていったのでした。
参考文献
田部隆次『小泉八雲』中央公論新社
小泉節子, 小泉一雄『小泉八雲』恒文社
小泉八雲『小泉八雲全集』第9巻 第一書房,昭和2. 国立国会図書館デジタルコレクション
文 / 深山みどり 校正 / 草の実堂編集部
























この記事へのコメントはありません。