政治,経済

【迫る都知事選】今こそオルテガの『大衆の反逆』を読む 「多数決は本当に正しいのか?」

7月7日の投票日が迫る東京都知事選挙。

候補者の乱立や不適切な選挙ポスターの掲示など、今回の都知事選を通じて、民主主義の本質について改めて考える機会が増えています。

約100年前、スペインの哲学者であるオルテガ・イ・ガセットが著した『大衆の反逆』は、まさに現代の民主主義が抱える問題を見事に言い当てている名著です。

大衆の反逆

画像:『大衆の反逆』を執筆したオルテガ・イ・ガセット public domain

オルテガが描いた「大衆社会」の姿は、SNSが普及した現代の選挙戦において、より一層顕著になっています。

選挙に関するツイートが瞬時に拡散され、専門的な政策論争よりも、一般大衆の感覚に訴えるパフォーマンスに注目が集まっているからです。

このような状況下で、オルテガの思想は我々に重要な問いを投げかけます。

– 民主主義における「多数決による決定」と「本当に正しい決定」は常に一致するのか。
– 「平凡であること」や「多数派であること」に価値を見出すのか、それとも少数派でも自身の信念を貫くべきなのか。

さらにオルテガによる「大衆」の定義は、現代の政治家や専門家の在り方にも警鐘を鳴らしています。

自身の限られた経験や知識のみで複雑な社会を理解したと誤認し、その狭い視野で全てを語ろうとする姿勢は、今日のインフルエンサーたちにも見られる傾向です。

オルテガの主張は、民主主義における責任の所在や、専門知識の重要性について、再考を促すものといえるでしょう。

今回の記事では、オルテガの『大衆の反逆』を読み解きながら、現代の民主主義を考える上で、どのようなヒントを与えてくれるのかを探っていきたいと思います。

オルテガの定義する「大衆」

哲学者のオルテガは、1883年にスペインで生まれました。

新聞関係で働く家庭に育ち、ドイツで哲学を学んだ後、マドリッド大学の教授となります。

しかし当時の独裁政権に反対して大学を去り、1930年に『大衆の反逆』を出版して名声を得ることとなったのです。

オルテガの言う「大衆」は、単なる多数派や経済的階級を示すものではありません。彼の定義によると「大衆」とは、以下のような特徴を持つ人々を意味します。

・自身を特別ではなく、他者と同質だと認識する人
・平凡であることに価値を見出す人
・一般的な意見こそが重要だと考える人

つまり「平均的であること」「普通であること」を、肯定的に捉える人々ということになります。

大衆と政治の関係性

上記のような「大衆」が政治に参加することに、オルテガは懸念を示します。

その理由は、

– 政治は複雑で、長期的視野が必要
– 「大衆」は特別な能力がなくても政治参加が可能だと考える
– 日常的な感覚で政治を判断しようとする

現代の文脈で置き換えると、SNSを通じて誰もが容易に政治的意見を発信できる状況は、オルテガの懸念が現実化した一例と言えるかもしれません。

権利に対する認識

オルテガは「大衆」の権利に対する考え方にも問題を見出しています。

– 人々は生まれながらにして権利を有すると考える
– 権利のために努力や責任を負う必要性を認識していない

かつて特別なものだった権利が、今や当然のものとして扱われている現状を、オルテガは批判的に捉えていたのです。

オルテガは「大衆」の対義語として「精神の貴族」という概念を提示しました。

「精神の貴族」とは、

– 自身に高い目標を課す人
– 現状に満足せず、自己超越を目指す人

を意味します。

「大衆」が現状に満足する一方で、「精神の貴族」は常に自己向上を図るという対比が示されています。

大衆の反逆

画像:大衆が先導したフランス革命だが、その結末は惨憺たるものだった public domain

意外な「大衆」の正体

興味深いことに、オルテガが典型的な「大衆」として挙げたのは、専門家や知識人でした。

彼の見解によると、

– 近代社会の恩恵を受けた人々が「大衆」化しやすい
– 科学技術や民主主義を信奉する人々が「大衆」の代表例となる

オルテガの指摘は、現代のインフルエンサーやYouTuberの台頭を考えると、とても示唆に富んでいるように見えます。

特定の分野で影響力を持つ彼らが、時として専門外の事柄にも強い意見を発信する様子は、オルテガの懸念を体現しているかのようです。

オルテガが専門家を「大衆」と見なした理由は、

– 自身の専門分野のみの知識で、世界全体を理解したと誤認する
– 限定的な視野で世界を捉えているにもかかわらず、それを全体像だと思い込む
– その狭い知見で政治に影響を与えようとする

現代社会ではSNSでの発言が瞬時に拡散され、時として専門外の事柄にまで影響力を持つ状況が生まれています。

これはまさに、オルテガが警鐘を鳴らした状況と言えるかもしれません。

現代社会への示唆

オルテガの指摘は約100年前のものですが、現代社会にも多くの示唆を与えてくれます。

・ SNSを通じて、誰もが容易に意見を発信できる時代
・ 専門家の見解よりも、一般大衆の感覚が重視される傾向
・「同調」が重視され、「異質」であることを避ける風潮

これらの現象は、オルテガが警告した「大衆社会」の特徴と重なる部分が多いと言えるでしょう。

『大衆の反逆』は、現代社会を生きる我々に重要な問いを投げかけています。

「平凡であること」「多数派であること」に価値を見出すのか、それとも常に自己を高める努力を続けるのか。

オルテガの問いかけは、SNSやマスメディアに囲まれた現代を生きる我々にとって、より一層切実なものとなっていると感じます。

参考文献:
オルテガ・イ・ガセット(2020)『大衆の反逆』(佐々木孝訳)岩波書店
佐伯啓思(2015)『20世紀とは何だったのか:西洋の没落とグローバリズム』PHP研究所

村上俊樹

村上俊樹

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進撃の元教員 大学院のときは哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど

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