先日、筆者が台湾人の友人と街を歩いていたときのこと。
大声で汚い言葉を叫んでいる男性がいた。
筆者は興味本位で何を言っているのか耳を傾けたが、友人は「関わらない方がいい」と言い、早くその場を離れるよう促した。
友人によれば、台湾には「公然侮辱罪」という法律があり、他人を罵ったり侮辱したりすると、罰金などの処罰を受けることがあるという。
今回は、その「公然侮辱罪」について、台湾での適用や実際の事例をもとに見ていきたい。
「公然侮辱罪」とは

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「公然侮辱罪」とは、公衆の面前や公の場所、または不特定多数の第三者に見られるような状況で、言葉・行為・画像などを用いて他人を侮辱し、屈辱を与えることで、その人格や名誉、社会的地位を傷つける行為を指す。
これは実際の場に限らず、SNSやインターネット上での発言や投稿も同様に対象となる。
違反者は拘留や罰金刑に処される可能性があり、もし暴力的な行為(不潔な物を投げつける、平手打ちをするなど)が伴えば、刑罰はより重くなる。
2024年4月、台湾の憲法裁判所(司法院大法官)は、刑法第309条第1項の「公然侮辱罪」について合憲であるとの判断を示した。
ただし同時に、言論の自由との均衡を重視し、個々の事例では発言の文脈や場面を慎重に考慮して判断すべきであるとの見解を示している。
また興味深いことに、実際にどのような言葉が侮辱と見なされるかについて、いくつかの判例や例があり、その内容によって罰金の金額も異なる。
以下では、台湾におけるその代表的な事例をいくつか紹介してみたい。
なお、ここで挙げる言葉は判例上の引用であり、特定の個人や集団に対する意図を持つものではない。
◉更年期到了
これは「更年期が来たんじゃないの?」という意味である。
ある大学生が、SNS上で女性の投稿に腹を立て、「更年期なのか?おばさん、発言に気をつけろ」とコメントした。
その後、両者の口論は激しくなり、女性は大学側に苦情を申し立てた。
結果として、この大学生は侮辱行為を理由に2000台湾ドル(約1万円)の罰金を科された。
◉米蟲
直訳すると「米の虫」という意味だが、日本語で言うところの「虫ケラ」に近い侮辱語である。
ある男性が車を運転中にスマホを操作していたところ、警察官に停止を命じられた。
男性は逆上し、警察官に対して「米蟲(虫ケラ)」と罵声を浴びせたため、その場で現行犯逮捕となった。
この行為は公然侮辱にあたると判断され、男性には3万台湾ドル(約15万円)の罰金が科され、さらに30日間の運転停止処分を受けた。
◉特殊性関係

画像 : 馮光遠 (ふう こうえん)氏 沃草 CC BY-SA 4.0
「特殊性関係」という言葉は、メディア人の馮光遠(ふう こうえん)が作った造語である。
事件が起きたのは2013年のこと。
当時の大統領・馬英九(ば えいきゅう)と、前国家安全会議秘書長の金溥聰(きん ふつそう)の関係を揶揄する形で、馮光遠が「特殊性関係」という表現を使ったのが発端だった。
金溥聰はこの言葉が「不適切な性関係」や「同性愛関係」を暗示するものだとして強く反発し、名誉を傷つけられたとして訴えを起こした。
馮光遠はそのほかにも辛辣な言葉で批判を続けており、裁判は大きな注目を集めた。
一審では、発言は政治的風刺の範囲内であり、直接的に性的関係を指すものとは言えないとして無罪が言い渡された。
しかし、民事裁判では後に「社会的に侮辱的な表現である」と認定され、100万台湾ドル(約500万円)の損害賠償と、主要新聞4紙への謝罪広告掲載を命じられた。
これは刑事罰ではなく、あくまで民事上の名誉毀損による賠償命令である。
2017年、最高法院は「公共の人物に対する批判は、言論の自由の観点から広く認められるべきだ」として上記判決を破棄し、再審理を命じた。
この事件は、台湾における「言論の自由」と「個人の名誉保護」の境界をめぐる象徴的な事例となり、以後「特殊性関係」という言葉は政治的風刺を象徴する語として定着した。
このように、台湾の公然侮辱罪をめぐる一連の事例は、言葉の力と、その裏にあるモラルの重さを私たちに改めて問いかけている。
言論の自由が叫ばれる昨今だが、その自由もまた、モラルの範囲内でこそ守られるべきものといえるだろう。
参考 : 『妨害名譽罪 法律010』『馮光遠「特殊性關係」案 二審判賠金溥聰100萬』他
文 / 草の実堂編集部
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