国際情勢

『インド×パキスタン』の核危機がもたらす連鎖的恐怖 〜プーチンの核ハードルが下がる?

近年、世界各地で地政学的緊張が高まる中、とりわけ懸念されているのが南アジアの核対立である。

インドとパキスタンという二つの核保有国が、長年にわたる敵対関係のもと、危うい均衡を保ち続けている。

画像 : インドのモディ(Narendra Modi)首相(左)と、パキスタンのシャリフ(Shehbaz Sharif)首相 public domain

この均衡が崩れ、南アジアの空に核の閃光が走るような事態が起これば、世界は一瞬にして混沌の淵に突き落とされる。両国が火花を散らせば、その衝撃波は地球規模で響き渡るだろう。

特に、ウラジーミル・プーチン率いるロシアにとっては、この混乱が核の引き金を引く絶好の口実となり得る。

欧州はすでにウクライナ戦争で緊張の極みにあり、そこへ南アジアの核危機が加われば、冷戦以来の悪夢――核戦争の恐怖が、現実のものとなるのだ。

南アジアの火薬庫:インドとパキスタンの対立

画像 : カシミールの地図(赤枠内が旧カシミール藩王国の範囲。緑がパキスタン占領地、橙はインド占領地、斜線部は中国占領地、茶は1963年にパキスタンが中国へ割譲した地域) public domain

インドとパキスタンは、1947年の分離独立以来、カシミール問題を中心に幾度となく衝突を繰り返してきた。
※カシミール問題とは、イスラム教徒が多数を占めるカシミール地方の領有権をめぐって、1947年の分離独立以来、インドとパキスタンの間で続く長期的な対立のこと

両国はともに核保有国であり、2025年現在、インドは約160発、パキスタンは約170発の核弾頭を保有すると推定される。

近年、両国の軍事ドクトリンは「先制攻撃」や「限定的核使用」を視野に入れたものへとシフト。パキスタンの「戦術核兵器」やインドの「冷戦型即応体制」は、偶発的な衝突が一気に核戦争へエスカレートするリスクを高めている。

実際、2025年4月にはインド実効支配下のカシミール地方で観光客が犠牲となる銃撃テロが発生し、これを受けてインドがパキスタン側の武装勢力拠点を攻撃。双方が軍事的応酬に踏み切ったが、わずか4日で停戦に至った。
背景には、両国とも一定の戦果を国内に誇示しつつ、全面戦争を避けたいという思惑があったと考えられる。

しかし、仮にこうした衝突が制御不能な戦闘へ発展し、核兵器が使用されれば、その被害は壊滅的である。
都市部への核攻撃によって数百万の死傷者が出る可能性があり、放射能は国境を越えて拡散。経済の麻痺、難民の流出、食料危機が南アジア全域を覆うことになる。

だが、問題はそれにとどまらない。

この地域での核戦争は、国際社会が長年守ってきた「核タブー」を破り、「核使用は現実的な選択肢である」と世界に誤った前例を示すことになりかねないのだ。

プーチンの計算:核のハードルが下がる瞬間

画像 : プーチン大統領 public domain

ロシアのプーチン大統領は、ウクライナ戦争で西側との対立を深める中、核兵器を「最終手段」として繰り返しちらつかせてきた。

2022年以降、ロシアは戦術核の配備を強化し、ベラルーシへの核兵器移転や極超音速ミサイルの開発を加速。
プーチンの言動は、核使用の敷居を意図的に下げるものと解釈されている。

南アジアで核戦争が勃発すれば、プーチンにとって状況は一変する。

国際社会がインド・パキスタンの惨劇に気を取られ、核使用への道徳的・政治的ハードルが低下する中、彼は「ロシアの国益を守るため」と称して核のボタンに手を伸ばす可能性が高まる。

たとえば、NATOがウクライナへの軍事支援を拡大した場合、ロシアは「戦術核による限定攻撃」で牽制を図るかもしれない。

ロシアの軍事ドクトリンでは、国の存亡に関わる危機において核使用が正当化されており、南アジアの混乱はまさにその「危機」を演出する舞台となる。

欧州への波及:核のドミノ倒し

画像 : NATO加盟国 wiki c Janitoalevic, Patrick Neil

欧州は、すでにロシアの脅威に直面している。
NATO諸国はウクライナ支援を続ける一方、ロシアの核恫喝に神経を尖らせている。

もし南アジアで核兵器が使用され、ロシアがこれを機に戦術核を投入すれば、NATOは未曾有のジレンマに直面するだろう。
反撃すれば全面核戦争のリスクが高まり、黙認すればロシアのさらなる侵略を招く。ポーランドやバルト三国など、ロシアと国境を接するNATO加盟国は特に脆弱だ。

さらに、核使用の連鎖は欧州内でのパニックを引き起こす。

市民は放射能汚染や食料危機を恐れ、経済は急落。極右勢力や反NATO派が勢いを増し、欧州の団結は崩壊の危機に瀕する。

英国やフランスといった欧州の核保有国も、独自の核抑止力を強化する動きに出るかもしれないが、それがさらなるエスカレーションを招く危険もある。

我々はどうすべきか

南アジアの核戦争は、単なる地域紛争ではない。

それはプーチンのような指導者に核の引き金を引く口実を与え、欧州を核戦争の瀬戸際に追いやる火種だ。国際社会は今、インドとパキスタンの緊張緩和に全力を注ぐべきだ。

外交的圧力、経済制裁、軍事対話の強化――あらゆる手段を講じて核の閃光を防がねばならない。
さもなければ、我々はみな、核の炎に飲み込まれる運命に直面する。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

アバター

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. デンマーク人の「ヒュッゲな生き方」とは 【幸福な人生の過ごし方】…
  2. 海外で人気のあるG1レース 「イギリス、オーストラリア、アラブ、…
  3. 【台湾の合法ハーブ】ビンロウの数千年の歴史 ~神聖な植物だった
  4. コナン・ドイル ~晩年は心霊主義に傾倒した名探偵の生みの親
  5. 【迫る都知事選】今こそオルテガの『大衆の反逆』を読む 「多数決は…
  6. 黒人差別はどのようにして始まったのか?
  7. 韓国の主婦YouTuberの人気について調べてみた
  8. 亡くなった台湾のパンダ 「団団(ダンダン)」

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

【サダム・フセインの野望】 なぜイラクはクウェートに侵攻したのか?

イラク軍による突然の侵攻サダム・フセインによる「クウェート侵攻」は、中東だけでなく世界史において…

武田信玄の命を縮めた一発の銃弾 【野田城で信玄を狙撃した鳥居三左衛門とは】

鳥居三左衛門(とりいさんざえもん)天文12年(1543年)大隅の国、種子島に漂着したポルトガ…

『三国志』謎の方士・左慈は実在した? 曹操を翻弄した不思議すぎる逸話

中国後漢時代末期、三国志の舞台では多くの英雄たちが歴史に名を刻んできた。その中で異彩…

変わり続ける竜脚類研究の歴史 「竜脚類は泳げた?」

変わり続ける竜脚類恐竜の研究は常に進化と変化を続けており、残された化石から予想される姿も変わり続…

【光る君へ】変なアダ名をつけないで!紫式部と険悪だった左衛門の内侍(菅野莉央)はどんな女性?

彰子の女房 左衛門の内侍(さえもんのないし)菅野 莉央(かんの・りお)橘隆子(たちばなのたか…

アーカイブ

PAGE TOP