国際情勢

中国が日本産水産物の輸入を再開へ ~なぜ今?背後にある3つの狙いとは

中国が日本産水産物の輸入を再開した。

この一見前向きに見える動きの背景には、米中対立が激化する中で日米同盟に楔を打ち込み、両国の分断を図る政治的狙いが潜んでいると考えられる。

この動きは、2023年8月に日本が東京電力福島第一原発の処理水海洋放出を開始した際、中国が日本産水産物の輸入を全面禁止した措置の撤回として注目される。

以下、米中対立の文脈における中国の戦略的意図を論じる。

米中対立の現状を整理

画像 : 習近平氏 public domain

まず、米中対立の現状を整理する。

近年、米国と中国は貿易、技術、軍事、外交の各分野で激しい対立を繰り広げている。米国は中国の経済的・軍事的台頭を牽制するため、半導体輸出規制やインド太平洋戦略の強化を通じて同盟国との連携を深めてきた。

特に日本は、米国にとってアジア太平洋地域における最重要同盟国であり、日米同盟は対中包囲網の要として機能している。
中国は、この日米の緊密な連携を分断することで、米国主導の対中包囲網を弱体化させ、地域での影響力を維持・拡大しようとしている。

中国が日本産水産物の輸入を再開したタイミングは、こうした米中対立の文脈で戦略的に選ばれたと推測される。

2023年の処理水放出開始後、中国は科学的根拠が薄弱なまま「放射能汚染」を理由に日本産水産物の輸入を禁止した。この措置は、国内の反日感情を煽りつつ、日本経済に打撃を与えることを狙ったものだった。

しかし、2025年に入り輸入を再開した背景には、単なる経済的配慮を超えた政治的意図が見て取れる。

すなわち、中国は日本に対する経済的圧力を緩和することで、日本の対中姿勢を軟化させ、日米間の信頼関係に亀裂を生じさせようとしている。

中国が輸入再開に応じた3つの狙いとは

具体的に、中国の狙いは以下のように分析できる。

第一に、日本国内の経済的圧力を軽減することで、日本政府や産業界に中国への依存を再認識させる意図がある。日本の水産業界は、処理水問題による中国の輸入禁止で大きな打撃を受けた。
中国市場は日本産水産物の主要な輸出先であり、2022年の統計では日本の水産物輸出額の約22%を占めていた(農林水産省)。輸入再開は、日本の水産業界にとって経済的救済となり、対中関係改善を求める国内の声が高まる可能性がある。
これにより、日本政府が米国との協調を優先する姿勢に揺らぎが生じ、対中政策が軟化する余地が生まれる。

第二に、中国は輸入再開を通じて国際社会でのイメージ向上を狙っている。
処理水放出を巡る中国の強硬姿勢は、科学的根拠の乏しさから国際的な批判を浴びてきた。
国際原子力機関(IAEA)は日本の処理水放出が国際基準に適合すると報告しており、中国の輸入禁止措置は過剰反応と見なされてきた。
輸入再開は、中国が「合理的で協力的な姿勢」をアピールする機会となり、特にグローバル・サウス諸国や中立国に対する外交的アピールに繋がる。
これにより、米国の対中包囲網に参加する国々の結束を揺さぶり、米国のリーダーシップに疑問を投げかける効果を狙っている。

第三に、米中対立の文脈で日米分断を促進する意図がある。
中国は、日本が米国との同盟を強化する一方で、経済的・外交的な柔軟性を維持したいというジレンマを抱えていることを理解している。
輸入再開は、日本に「中国との協力による経済的利益」を提示し、米国との対中強硬路線から距離を置くよう誘導する戦略と捉えられる。例えば、2024年の日中首脳会談では、両国が経済協力を深める方針を確認しており、輸入再開はこの流れを加速させる布石である。

米国が対中経済制裁を強める中、中国との関係改善は日本にとってリスクヘッジとなり得るが、同時に日米同盟の結束を弱める要因ともなる。

中国の思惑は成功しない可能性が

画像 : 石破茂総理 CC BY 4.0

しかし、この中国の戦略が成功するかは不透明である。

日本は、米中対立の中で米国との同盟を基軸とする外交・安全保障政策を堅持してきた。

2022年の日米豪印(クアッド)首脳会合や、2023年の日米韓三カ国協力強化の動きに見られるように、日本は米国との連携を深化させている。

また、処理水問題を巡る中国の対応は、日本国内で反中感情を高める結果を招いており、世論調査(朝日新聞、2024年)では中国への好感度が過去最低を記録している。
こうした状況下で、中国の輸入再開が日本の対中姿勢を大きく変える可能性は限定的である。

それでも、中国の輸入再開は、短期的には日中間の緊張緩和に寄与する可能性がある。経済的恩恵を背景に、日本の一部産業界や政治勢力が対中関係改善を求める声が高まるかもしれない。

しかし、長期的には、米中対立の構造が変わらない限り、日本が米国との同盟を犠牲にして中国に接近することは考えにくい。
中国の狙いは、日米間に微妙な不協和音を生み出し、対中包囲網を緩めることにあるが、日本政府がこの戦略を見抜き、米国との協調を維持する限り、その効果は限定的に留まるだろう。

結論として、中国が日本産水産物の輸入を再開した背景には、米中対立下で日米分断を図る政治的狙いが潜んでいる。
経済的圧力の緩和、国際的イメージの向上、及び日本の対中姿勢の軟化を通じて、中国は米国主導の対中包囲網を弱体化させようとしている。

しかし、日本の対米同盟へのコミットメントと国内世論の動向を考慮すると、この戦略が成功する可能性は高くない。
日米両国は、この動きを注視し、協調を一層強化する必要があるだろう。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

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