宗教

ケルズの書について調べてみた【アイルランドの国宝】

アイルランドの国宝である「ケルズの書」は「世界で最も美しい本」として名高い。

リンディスファーンの福音書」や「ダロウの書」と並んで三大ケルト装飾写本と呼ばれる「ケルズの書」について調べてみた。

ケルズの書 とは

ケルズの書

※ケルズの書 キリストの生誕。wikiより引用

ケルズの書」はラテン語で書かれた「ウルガタ訳聖書」の写本で、新約聖書の4つ福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)と、その序文、要約ならびにヘブライ語の用語解説が収められている。

本文は340枚のヴェラム(牛皮紙)に書かれており、保存状態は良いが、冒頭と終盤の部分は現存していない。

また中世アイルランドの事件や出来事を記録した「アルスター年代記」によれば、1006年〜1007年にかけて「ケルズの書」は盗難に遭っており、本来掛けられていた金のカバーは失われている。

写本を作った修道士たち

「ケルズの書」は8世紀〜9世紀にかけて成立したと考えられている。この時代にはまだ印刷技術は存在しておらず、書物は全て手書きで、非常に貴重な物であった。「ケルズの書」に収められている福音書を書き写したのは、信仰に生きた修道士たちである。

修道士(monk)の語源は、ギリシア語で「たった1つ」や「孤立した」を意味する「monos」である。修道士の起源は、俗世間を離れ、砂漠で孤独な生活を送ったエジプトのキリスト教徒だと言われているが、西ヨーロッパの修道士は修道院で共同生活を送っていた。

神に祈り、賛美歌を歌い、自給自足の生活を営む修道士にとって、読書や本の作成もまた重要な役割であった。修道院には写字室が設けられ、写字生と呼ばれる修道士が書物を書き写した。

アイオナとケルズの修道院

スコットランドの西側に位置するヘブリディーズ諸島に、アイオナ島という小さな島がある。563年にこの島に定住した聖コルンバ(別名コルム・キル)は、この島に修道院を建て、布教の拠点とした。

聖コルンバの死後に書かれた伝記によれば、彼は死の間際まで聖書を書き写しただけではなく、写本の作り方を人々に教えたとされている。

「ケルズの書」は、聖コルンバの死(597年)の200年後となる797年に、典礼用の福音書として作られたという説がある。だが、アイオナ島は海賊の襲撃を受け、修道院も略奪を受けた。806年から813年の間に、アイオナの修道院長ケラハ修道士と共にアイルランドのケルズに避難した。

アイオナ島から持ち出された写本は、ケルズの修道院で完成したと考えられる。「ケルズの書」という名前は地名に由来するもので、前述の「アルスター年代記」には「コルム・キルの偉大な福音書」と記載されている。

美しい絵と細かな文様

※福音書記者(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)たちのシンボル。wikiより引用

福音書の作者であるマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人は、それぞれ人間(または天使)、獅子、子牛、鷲のシンボルを持っている。

「ケルズの書」に描かれているこれらのシンボルは、福音書の作者のシンボルであると同時に、福音書に記されたイエス・キリストの誕生と死、復活と昇天を意味している。

この時代の聖書の文章は、章ごとに分けられており、節を区切る数字はないが、「ケルズの書」は各章の最初の文字や段落の最初の文字には装飾が施されている。渦巻きや組紐を思わせる文様はキリスト教に由来するものではなく、ケルト文化の影響を受けたものである。

複数の画家が「ケルズの書」の挿絵を手掛けたと考えられているが、彼らが使用した絵の具の色は、現在の技術でも再現不可能である。

ダブリン観光の際は「ケルズの書」をチェック

※トリニティカレッジのロングルーム。撮影:まりもも

「ケルズの書」はダブリン大学トリニティカレッジ図書館に所蔵されている。

大学の構内には無料で入れるが、トリニティカレッジ図書館は有料(12歳以下は無料)なので、事前に公式サイトhttps://www.tcd.ie/visitors/book-of-kells/)でチケットを購入しておけば、チケット売り場の窓口で並ぶことなく入館できる。

半年ごとに展示されているページが変わる「ケルズの書」の写真撮影は禁止されているが、順路に沿って移動すれば「世界の美しい図書館」に選ばれたロングルームに入ることができる。映画「スター・ウォーズエピソード2/クローンの攻撃」に登場したジェダイ・アーカイヴのモデルになったこの場所には、アイルランドの文化や歴史に関する資料が展示されている。

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まりもも

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