神話、伝説

『海から来た怪物たち』世界各地に伝わる“半魚人”の神話と伝承

画像 : 半魚人のイメージ illstAC cc0

半魚人」とはその名の通り、魚と人間をかけ合わせたような怪物であり、神話や幻想の世界においてポピュラーな存在の一つだ。

同類の「人魚」と違い、魚の要素が前面に出ており、怪物然とした姿をした者が多いという特徴がある。
また、人魚の下半身は魚である場合が多いが、半魚人は二足の足を持ち、陸地にも上がってくることができる。

今回は世界各国に伝わる、悍ましき半魚人たちについて、解説を行っていく。

1. ビショップ・フィッシュ

画像 : ビショップ・フィッシュ public domain

ビショップ・フィッシュ(Bishop fish)またはシービショップは、中世のヨーロッパに伝わる怪魚である。

円錐形の頭部とウロコに覆われた体が、まるで司教(キリスト教の聖職者)のように見えることから、その名が付けられた。

ビショップ・フィッシュはヨーロッパのさまざまな文献において、その存在が言及されている。
それらを要約すると、この怪物は1531年頃にバルト海で捕獲され、ポーランド国王に献上されたという。

しかしビショップ・フィッシュは、身振り手振りで釈放を訴えたので、最終的に海へ帰されることが決定した。
人々が見守る中、ビショップ・フィッシュは手で十字を切り、水中に消えていったと伝えられている。

その正体は「カスザメ」という、平たいサメではないかという説がある。

また、ビショップ・フィッシュとよく似た存在に、シー・モンク(Sea monk)と呼ばれる怪物がいる。

画像 : シー・モンク public domain

こちらは修道服を着た人間のような怪魚であり、正体はイカやアザラシだと考えられている。

2. カタウ

画像 : カタウ 草の実堂作成(AI)

カタウ(Kataw)は、フィリピンに伝わる半魚人である。

フィリピンではさまざまな半人半魚の妖怪が語られており、それらを総じてバンタイ・トゥビグ(Bantay Tubig)と呼ぶという。
このバンタイ・トゥビグの支配者階級に属する存在が、カタウであるとされる。

強大な魔力の持ち主であり、水を自在に操ることができるという。
高波を起こす、氷を生成する、潮の満ち引きのコントロールなど、水にまつわることなら何でもできるそうだ。
また、人間に変身する能力も有するとされる。

しかし、カタウは穏やかな性格をしており、人間に友好的な種族であると伝えられている。

その体毛にはお守りとしての効力があり、身につけた者は魚がよく獲れるようになるので、漁師はこぞってこの毛を求めたという。
だが、一度カタウを怒らせると、最悪の場合溺死させられることがあるので、敬意を持って接しなければならない。
また、言葉を全てオウム返しにしてくる習性があるので、イライラしない忍耐力も試されるだろう。

基本的にカタウは水中に生息しているが、まれに排水路などを小走りで移動することもあるそうだ。

3. ショコイ

画像 : ショコイ 草の実堂作成(AI)

ショコイ(Siyokoy)はカタウと同じく、フィリピンに伝わる半魚人である。

バンタイ・トゥビグの中でも特に魚に近い姿をしており、人間を水中に引きずり込んで殺す、悪辣で危険な存在なのだという。

「ショコイ」という名前は、中国に由来を持つという説がある。

中国では溺死した人間の亡霊を「水鬼」と呼び、人間や家畜を溺死させる、恐ろしい妖怪として語られている。
水鬼は福建語(中国福建省の方言)でショーコイ(Siyokoy)と呼び、これがフィリピンにおいて「ショコイ」となったのだという。

フィリピンは多民族国家であり、長い歴史の中で多様な国の文化が混じり合い、独自の伝統が構築されてきた。

それは神話や伝承においても同じであり、フィリピンの妖怪には、さまざまな国のエッセンスが散りばめられているのだ。

4. イプピアーラ

画像 : イプピアーラ public domain

イプピアーラ(Ipupiara)は、ブラジルの先住民族トゥピ族に伝わる怪物である。

16世紀に南米に入植した白人のさまざまな文献に、その名が残されている。

獰猛な人食い怪物とされ、人間を強靭な力で締め上げ、内臓や骨を破壊して殺すなど残虐な性格をしていたとされる。
また、犠牲者の目・鼻・指先・陰部などを好んで食べる、偏食的な一面も持っていたそうだ。

ポルトガルの作家、ペロ・デ・マガリャエス・ガンダボ(1540~1580年頃)が著した『História da Província Santa Cruz』によれば、サンパウロ州のサン・ヴィセンテという町に現れたという。

全長は約340cmほどあり、体中が毛に覆われ、鼻先の毛は特に濃くて長かったそうだ。

5. オアンネス

画像 : オアンネス 草の実堂作成(AI)

オアンネス(Oannes)はメソポタミア文明に伝わる、偉大なる神である。

バビロニアの神官、ベロッソス(紀元前330年頃~?)が著した『バビロニア史』にて、その存在が言及されている。

その姿は、人間が魚を被ったような異形であったという。

オアンネスは、エリュトゥラー海(紅海やペルシャ湾のこと)に生息しており、昼になると陸地へ上がってきたとされる。
そして無知蒙昧な人類に、文学・幾何学・芸術・建築法・法律など、さまざまな知識を授けたそうだ。

オアンネスの知識は普遍的で完璧なものであり、人類は滞りなく文明を築き上げることができたと伝えられている。

現在、我々がこうして文明生活を享受できているのも、オアンネスのおかげといっても過言ではないのかもしれない。

参考 : 『図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』『ファンタジィ辞典』他
文 / 草の実堂編集部

アバター

草の実堂編集部

投稿者の記事一覧

草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く
Audible で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 『密着型ブルマー』は、なぜ普及し消滅したのか?「1990年代に消…
  2. 『ラストエンペラー溥儀』なぜ異例の火葬に?清朝最後の皇帝の終焉と…
  3. 哲学の限界を示した!? ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」を分…
  4. 「マッカーサーはマザコンだった?」毒親・メアリーとの異様すぎる母…
  5. 『小江戸』川越市の歴史と「蔵造りの町並み」が現存している理由
  6. 【光る君へ】なぜ藤原実資は火を消さない?『前賢故実』肖像画のエピ…
  7. 『トランプ相互関税ショック』台湾が報復関税を仕掛けないワケとは
  8. 【その生き様が表れる】戦場で壮絶に散った戦国武将たちの辞世の句

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

少女の壮絶な戦争体験記 『おあん物語』 〜血なまぐさい生首とともに寝起きする籠城生活

群雄が割拠し、争いを続けていた戦国時代。男たちが戦に身を投じている一方で、女たちは動乱の世を…

関ヶ原の戦い!本当の裏切り者は誰だったのか? 【小早川秀秋、島津義弘 編】

関ヶ原の戦いおよそ100年も続いた戦国時代に終止符を打ったのは、慶長5年(1600年)9…

【500年以上前に沈没】 南シナ海で発見された明時代の沈没船

人は、容易に到達できない謎めいた場所にロマンを感じる。探検家たちは、その浪漫を求めて危険を顧…

「偉かったのはどっち?」日本では『神と仏』 どちらが上位とされたのか? 神仏習合の見地から考えてみた

日本人に馴染み深い宗教といえば、神道と仏教の2つであろう。一般的に言われているのは、神道は日…

武田信玄 最強騎馬軍団完成までの道のりを調べてみた

甲州武田武士の心構えを表した言葉がある。「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」…

アーカイブ

PAGE TOP