神話、伝説

水、夜、復讐の力を操る女天使たち 〜古代信仰に宿る女性像とは

画像 女天使のイメージ illstAC cc0

「天使」と聞けば、多くの人がキリスト教やユダヤ教に登場する“神の使い”を思い浮かべるだろう。

一般的に天使は性別を持たない存在とされ、聖書や神学では中性的に描かれることが多い。

だが一方で、長い信仰の歴史の中には、女性の姿をまとった天使や、明らかに女性的なイメージで語られる伝承も数多く存在してきた。

今回は、そうした「麗しき女天使」のイメージに焦点を当て、そのルーツと意味をひも解いていく。

1. レリエル

画像 : レリエル 草の実堂作成(AI)

レリエル(Leliel)またはライラ(Lailah)は、ユダヤ教に伝わる天使である。

その名はヘブライ語やアラビア語で、「夜」を意味するという。

ユダヤ教の聖典『タルムード』には、予言者「アブラハム」が敵を闇討ちした際、「夜」が手助けをしてくれたというエピソードがあり、この存在こそがレリエルではないかと考えられている。

後世の解釈により、レリエルは「懐妊」を司る天使だとされ、それにともない女性的なイメージで想像されるようになった。

女性が妊娠するにあたって、レリエルは一滴の子種を神の御前に差し出し、これから生まれる子供の運命を尋ねるという。
そして神は子供のあらゆる能力を定めるが、その心の善悪については、子供の自由意思に任せるとされる。

たとえ才能に恵まれず劣悪な環境で生まれ育っても、真っ当に生きられるか否かは本人の心意気次第となる。

至極当然ではあるが、残酷な現実を体現しているといえよう。

2. ズリエル

画像 : ズリエル 草の実堂作成(AI)

ズリエル(Zuriel)は、ドイツのオカルト研究家ハインリヒ・コルネリウス・アグリッパ(1486~1535年)の著作『De occulta philosophia libri tres』に登場する天使である。

同書では、黄道十二星座にそれぞれ固有の天使が割り振られており、ズリエルは天秤座を支配する天使として語られている。

この天使に関する情報はそれほど多くないが、興味深い点がひとつある。

同書には、黄道十二星座に対応する天使たちに対して「亡者の階級」という謎めいた存在が設定されており、ズリエルはその中で、悪や不和、戦争、惨禍を象徴する悪魔・フリアエ(Furiae)と対比されているのである。

フリアエは、元々古代ローマにおける復讐の女神であり、罪人を容赦なく罰する恐るべき神として、畏敬の念を以って崇められていた。

ズリエルとフリアエがなぜ対比させられているのかは不明だが、考えようによっては、「ズリエルの地獄での姿がフリアエ」という解釈もできるだろう。

だとすれば、ズリエルの性別が女性であってもおかしくはない。

3. アナーヒター

画像 : アナーヒターの像 wiki c Achaemenes

ペルシャ(現在のイラン)起源の古代宗教、「ゾロアスター教」をご存知だろうか。

ゾロアスター教は一神教的な側面を持ち、最高神「アフラ・マズダ」以外の善神は、天使のように扱われる。

それら天使のうち、「ヤザタ」という中くらいの階級に属するのが、女天使アナーヒター(Anahita)である。
(ユダヤ・キリスト教などの天使とは異なり、ゾロアスター教の天使には、明確な性別を有する者が多々存在する)

アナーヒターは水の天使であり、この地球上の全ての河川は、彼女の体の一部だとされている。

すなわち生命の源そのものであるアナーヒターは、豊穣・畜産・子宝などを司る天使として、太古の時代には大いに信仰されていた。

ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』に収録された賛美歌「Aban Yasht」では、全身を金の装備で固め、戦車を駆り悪しき者を打ち倒す、力強いアナーヒターの勇姿が描かれている。

また、アナーヒターはビーバーの毛皮をまとうことがあり、これはゾロアスター教において、ビーバーが神聖な動物とされていたためだと考えられる。

4. ベアトリーチェ

画像 : ダンテとベアトリーチェ ギュスターヴ・ドレ作 public domain

ベアトリーチェ(Beatrice)は、イタリアの作家ダンテ・アリギエーリ(1265~1321年)の著作『神曲』に登場する、天使のような存在である。

神曲は、主人公であるダンテが、地獄・煉獄(地獄と天国の中間のような場所)・天国の三つの世界を巡る物語だ。
これらの世界の案内人として、ベアトリーチェは姿を見せる。

ダンテはベアトリーチェの加護を受け、最終的に天国へと到達し、神の威光に触れる…というのが神曲のあらすじである。

このベアトリーチェだが、実在の人物をモデルに描かれているという説が存在する。

ダンテは9歳の頃、ベアトリーチェ・ポルティナーリという少女と出会い、一目惚れをしたと語っている。
次に会ったのは9年後のことで、この時は会釈を交わすのみだったという。

それから数年後、ベアトリーチェはわずか24歳で夭逝してしまったとのことだ。
絶望したダンテは、せめて物語の中だけでも、彼女を永遠の存在として描き続けることを誓ったのだという。

こうしてダンテは、ベアトリーチェを賛美する詩集『新生』を1293年頃に発表した。

そして自身の生涯全てを捧げ、1321年に神曲を完成させたダンテは、同年マラリアによってこの世を去ったのである。

参考 : 『タルムード』『De occulta philosophia libri tres』『神曲』他
文 / 草の実堂編集部

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